「数年かかると思うけど、帰国したら結婚しよう。それまでどうか待っててくださいっ!」
「え、無理……ていうか、私たちつきあってたっけ?」



こうして男リシュウ一世一代の大勝負は、勝負にすらならないという悲しすぎる幕をおろした。

当然じゃんなに言ってんのあんた、くらいにひっくいテンションで「無理」と言われたストレート。
続き「つきあってたっけ」のアッパー的な精神攻撃コンボでもってガラスのハートはばりんと砕け粉々だ。
海の男は海上であれば荒波にも時化にも負けない鋼のメンタルを発揮するが、陸に上がると魚のごとく、とかく女性に関してはクズ炭並に脆いものとけっこうな場合で相場が決まっている。あくまで傾向の話、全員が全員そうとは言わないが。

たしかに彼女からは一度も好きだと言葉をもらったことがない。
航海から陸に戻るたびにうきうきと用意してど緊張の武者震いで手渡す贈り物を身につけているところも見たことがない。
代わりに質屋から出てくるところならたびたび見た。
そしてそして、男友達と仲がいいなあと思ったことは幾度としてあったっけなぁ。

それらの過去を振り返り、合算してパズルのピースのごとく繋ぎ合わせるという行為を非常に今さらながら試行してみたリシュウが、あれ……? よく考えたら俺ってただの都合のいい貢ぐだけの男だった……? などという限りなく真実に近いであろう推察に至ったのは、全てが終わった後だった。人はこれを後の祭りと呼び称する。



もう二度と恋なぞするものか。

心の汗を滲ませて、秋空のごとく移り変わる思春期少女とさして変わらない青い決意を胸に、リシュウが祖国を船出してから早三月。
その間リシュウの扱いを、それこそオムツを替えるときのなだめ方まで勝手知ったる者もいたりする同僚たちは、お前それ何度目だよと酒を煽ってがははと笑い飛ばし、見習いの苦渋を共に嘗め合った同胞とは肩を組んで男泣きの涙を流し、普段と異なるルートを通った長期の航海を乗り越えた。

そしてこのむさくるしい男連中こそが自分の心の拠り所なのだと二十歳にして思いを新たにし、きらきらと輝く太陽さんを仰ぎつつ若干斜め後ろ方面に本来の前向き思考へと戻りかけたリシュウはだがーー



「やっべえあの子、超好み……!」



通りすがったエプロンドレスの女の子に視線をばしんとロックオン。
横顔に留まった視線は滑らかにスライドし、ぬるい潮風に真っ白な裾のフリルをひらひら揺らして小さくなる後ろ姿を見送る目には熱がこもる。潮の香りにふっと消え失せそうになる残り香を、鼻の活動限界に挑むかのごとくくんかくんかと動かして。
……もしもリシュウが華奢な体の美少年であったなら可愛い仕草ととれないこともない……かもしれない。
が、残念ながら彼は荷運びで足腰背筋上腕筋を鍛えられたがっしり骨太の身体を持っており、それを故郷の南部大陸近辺の海上で全身真っ黒に日焼けさせている。ついでに言えば彼の目は三白眼だ。そんなガチムチ男がよろしくない目つきをとろんと甘くして少女の後ろ姿を見送るさまは、どう贔屓目に見ても危険である。通報を受けた警務軍人に「ちょっと君」と肩を叩かれてもおかしくないレベルで。



かくして乙女な決意(外見総無視)はどこへやら、一瞬にして持ち前の超絶前向き思考へシフトチェンジを果たした男、リシュウ。
彼にとっては新天地、北の大国その貿易港に着岸し、わずか一時間後の出来事であった。