変事とは、平穏あっての動と知れ 25






 どうやらこの町も、私の知ってるふぁんたじー世界の町構造の常識に漏れないらしいね、うん。

 私が一度入ってから今までほっとんど出ることができなかったのは、この町――メルギスの首都フラジールっていうらしい――の上層区域……つまり超セレブな方々の住まう天井部分。
 ちょこちょこ足を踏み入れてた大学は中層の片隅にある学術区。の、一番奥の特級地。あれは国立だね、ぜったいに歴史古いね!
 今私たちがお忍びにこそこそやってきてどっぷり迷子になってるのは、中層の中央商業区。
 で、ちょっと坂を下って行くと一般ぴーぷるの方々の居住区が広がっているんだとか。

 うん、まぁ、そうだよね……。
 基本的な構造っていうのは、生態系でも居住区域でも、やっぱりピラミッド型だよね。
 その最上部に居候とはいえ住んでる自分が空恐ろしいです。んでもって痒い。



「悠長に、観光っていうかお店冷やかし続けてていい場合なのかこれ……?」

 ぼそっと呟かずにはいられなかった私の手には、なにやら奇妙な木彫り人形。呪われそうな勢いで奇妙。
 これ売れてんのかな、と思ってたら、私の横からすいっと手を出した旅行中っぽいおニイさんが購入していかれました。それはもう大量に。箱買い的な。
 は、流行ってるんですか?! ……もしかして転売ですかー?!

 隣でミリアちゃんが物珍しそうにガン見してるのは、これまたみょうちくりんな顔の描かれたツボ。
 私、骨董には詳しくないのですが、そのツボはやめとこうよって助言は間違ってないと思えます。だってなんか断末魔の叫びが聞こえそう。これこそ怨念! て感じ。
 あの可愛らしいお部屋にこんなツボが置かれてたら、すごい違和感だから。いやいや違和感どころの話じゃない。メイドさんたち泣いちゃうからね。やめようね!

 ていうか、そもそもなんでこんな出店をチョイスしちゃったかなこのお姫様は……。

「問題ありませんわ。そのうちライアルが勝手に見つけますもの」

 非のつけようもないきらきら笑顔。
 そしてとうとう手に取ってしまった断末魔のツボ。並ぶとものっすごい絵面っ!

 ミリアちゃん……。お姉さんは、きみの将来が心配でなりません。

「まったくもう。先程からずっと呼んでいますのに……返事もしないなんて」

 あ、よかったそのツボ戻してくれて。欲しいとか言いだされたらどうしようかと思った。

「え? 呼んで……って」
「わたくしの魔法ですわ」

 なんでもミリアちゃん、迷子になったかなって思ったときから風の魔法で自分の居場所をライアル君に教えてたんだって。すごいな、GPS機能搭載してるんだミリアちゃん!
 それを受信できるライアル君もすごいな。そっちの原理はまったくの不明だけど。
 あ、なんか安心。さらっと言ってくれた返事がないっていうのがものすごく気になるけども、とりあえず安心ー。

「ねぇミリアちゃん。その、ライアル君、は……ミリアちゃんの」
「騎士ですわ?」

 臆面もなくのたまってくださいました。
 き、騎士とかいうこっぱずかしい単語、口に出すのが恥ずかしくて言えなかったんだい!

「……とは言うものの、あれはまだ見習いなのです。幼少からそのための教育は受けていたのですが、なかなか身につかなくて。あれでは正式な騎士の位に就けるのはいつのことやら」

 いやいやいや、そんなことないと思うよ?!
 だって彼、見た感じミリアちゃんと同じくらいの歳でしょ? てことは15歳くらいでしょー?
 その歳で見習いとはいえお姫様の騎士さまなんて役職に就いてるって、それってすっごいエリート街道突き進んじゃってると思いますよお姉さんは!

 でも私、そんなことより気づいちゃった。
 ちょっとにまっとすることに気づいちゃった。

「ミリアちゃん」
「はい? なんでしょう、ユイ姉さま」
「ミリアちゃんは、ライアル君に騎士になってもらいたいんだ?」
「当然ですわ」

 ……あれ?
 ちょっと反応が、予想に反して淡白な……。



「ライアルはわたくしがもっとも自由に動かせる、わたくしの期待を裏切らない手駒ですもの。
地位が上がれば行動範囲も権限も広がります。そうなれば、あれを今よりももっと有効活用できますでしょう?」



 ちいっ、見当外れ。ただのパシリか!

 ……頬染めて頷いちゃうとか、違いますわっとかいうつれない態度をとるとかのお約束がほしかったんですよお姉さんは。今どきの子には通用しないのか、このお約束は。

 現実って冷めてる。ミリアちゃん現実的。そして有効活用ってなにに使うつもりなんだ。気になる。

「それに正式に主従契約の儀を済ませれば。わたくしの方から風を使って呼ばなくても、わたくしの居場所はライアルに筒抜けですから。その方が便利です」

 へーそうなんだー、有料版の高度GPS機能にバージョンアップするようなもんかー、なんて考えてられたのは、束の間でした。

 え……居場所、筒抜け…………?

 一瞬、思考が凍っちゃったよおい。
 なんっかそんな台詞、わりと最近どっかで聞いたことあるような気が……するのは。



 気のせいじゃなかったってことを、この後のミリアちゃんとの会話で思い知らされてしまったのでした。










 ところかわって、数刻前――



「あ。そういえばロベルト。帰ってきてからリュイゼルには会った?」

 研究室の応接空間、とは聞こえがいいが、実際ただの休憩スペースになりさがっているこのソファ。時折、部屋の正しい住人ではないこの人間がごろ寝するベッド代わりになっていたりもする。
 元の用途としては間違っていない気はするが、なにかが違う気がすると常々思う。

「いや」
「会ってあげてよ。ロベルトにすっごい腹立ててたからさ。『闇打ちが得意になったかもしれないと伝えといてください』って言われてたんだ、俺」
「……会う気が失せるな」

 それこそ、光の速さで失せた。

「えーなんでカイリがゼルくんと仲よさげ?」

 例によって壊滅的状態の中から、ピアスが平然と顔をのぞかせる。
 それだけの動作で机の上に積みあがった資料たちが揺れた。

「ピアス、それ以上動かないで」
「うあ? なんで」
「いいから動かないで」

 資料の山に隠れた紅茶のカップに中身が入っていることを、俺は知っているからだ。
 あの山が雪崩を起こしたら大惨事になることは容易に想像がつく。魔法でシミは抜けるからとはいえ、どうしたって本は痛む。第一、大惨事を片付けるのは誰だと思っているのだ。

「うん、ロベルトの助言に従うべきだと思うなー俺も。
んで、俺たまーに高等部に講師になりに行くの。そこで生徒と先生」
「へー……講師……カイリがー……? なんかいらんこと教えてそうね」

 そこには同意する。
 それにしても、そこに接点があったのか。なぜ突然リュイゼルの――弟の話が出てきたのかと不思議だったが、まさかカイリの講義をとっていたとは思わなかった。俺が以前、臨時講師を押しつけられたときは講義から逃げたくせに。

 腹がたって二重×の評定をしてやったら、そのせいで終業課程に引っかかり補講をくらったらしい。
 その後しばらくして家に帰った時、散々文句垂れてきて手まで出されたから反撃したら、思いのほか簡単に吹っ飛んで拍子抜けした。涙目になられたからさすがに止めてやったが……あいつはあれで実技をやっていけてるのだろうかと心配になったのを覚えている。

「人気らしいな。無彩が講師になるなんて滅多にないから」
「そうそう。俺以外のはみんなコワくて近寄りがたいからー。基本表に出ないしね。閉じこもってるか派遣いくつも抱えてほっとんど帰らないとか、そんなんばっか。ま、俺も外出てばっかだけどね」
「カイリもある意味近寄りがたいって有名よ」
「あれ、そうなの? 俺ってこんなに無害なのに」
「あはは。自分で言っちゃってるところでもう駄目よね」

 ああ駄目だな。

 無害? は。どこが。
 知っているぞ俺は。それこそ大学の中で5人しかいない無彩のやつらの中で、お偉方からもっとも恐れられているのはカイリだということを。
 ……なにをしたのかは知らないが。ああ。知りたくもないさ。

「まぁとにかく、リュイゼルはたっぷり可愛がってあげてるから問題ないよ」
「なにそのあらぬ誤解を生む言い方」
「誤解生まれた? じゃー俺と一回代わってみる? 講師」
「やだね」
「えー絶対人気だと思うんだけど。ロベルトが講義やったら」
「だめだめ。こいつに講師は向かないわよ。そりゃ最初は集まるとは思うわよ? でも途中離脱者の続出間違いないわね。自分の持論をだらだらだらだら、ちっさい声でしゃべり続ける一方通行講義にしかなんないんだから。こいつの学会発表来たことないの? 一度来てみなさいよ。良眠できるわよ」
「……ピアス以外は聴いてるから」
「いーや寝てるわね。少なくとも庭違いの分野の人たちは寝てる」
「いいけどね。そういうやつらには聴かれなくても」

 そんな馬鹿馬鹿しい、だが心地よいとも思えるいつも通りのやり取りをしていたはずだった。

 この感覚がくるまでは。

「? どうかしたのロベルト。あっ、もしかして産気づいた?」
「あら大変。レクサーヌさん呼ぶ?」

 ……こいつら…………っ!
 人の殺意を助長してくれやがって……!

 あぁ、こいつらの妄言はどうでもいい。今に始まったことじゃない。
 それよりも今は。





「なにやってんだあの馬鹿女は……っ!」





 勝手に出るなとあれほど言った。
 一人で出るなはもちろん、俺以外の誰かと一緒であっても出るなと言った。

 言ったのに。

 誰と一緒かは知らないが、少なくともあの女が誰か二人と共に家の周囲に張り巡らせてあった領域の糸を切ったのは確実だ。

「余計な手間を」

 かけさせやがってあの女。

 壁に立てていた杖を掴み、扉に向かいながら意識を『糸』に集中させる。
 家の周囲に張ってあったものとはまた異なる、契約によって繰られた糸は簡単に意識に浮上するはずなのだが――

「えーなになにー? あたしも行っく行くー」
「あ、俺も俺も。行く行くー」
「黙れおまえら集中できない!」

 わさわさとついてくる気満々で仕度を始めた二人に怒鳴り散らしたところで、また邪魔が入る。

「なにやら楽しそうなところ悪いんだがな――客だぞ、アシェッド」
「今それどころじゃないので失礼します室長」

 飄々と客の存在を教えてきた室長にすら及びかけた殺意を自重し、横をすり抜けようとしたところで。



「確かに。それどころではないな?
監視中の異世界人に逃げられるなどという失態を私に知られる前に、事を収めておきたいだろうからな」



 ……これはどういう悪夢だろうか。

 とりあえず、ヤツの後ろでさりげなく視線を逸らそうと努力しているバル兄を殴りたかった。





   2010.11.10






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