変事とは、平穏あっての動と知れ 24
「困りましたわね」
不穏な言葉がミリアちゃんの口からぽろっとこぼれた。
困ってない風だったけど、さも「あ、本音出ちゃった」みたいだったから……うん。本音も本音、マジ困りなんだろう。見えないけどね。あくまでぽわーんとしてる……。
最初から嫌な予感はしてたんだ。
でもあんまりにもうきうきと自信たっぷりだったからそのことに言及できず。これ私が危機管理できてなかったって話? 自業自得? 未成年者監督義務能力の不足??
……もはやなにがホントの危機で、なにが危機じゃないのかっていうそのへんの基準がマヒしてるからわかんない!
「ユイ姉さま? わたくしたち、今どちらから歩いてきたのか覚えてらっしゃいます?」
小首をちょこんと傾げた様子は大変に可愛らしゅうございます。
しかし、しかしだよ!
世の中には、いや私相手でも、『可愛い』だけじゃ済まされないことも存在するのですよお嬢さん。
怒るまでのことじゃないから、怒りはしないけどさ。……あれ? これって『可愛い』だけで済ましてないかい私?
「自慢じゃないけど私の方向感覚には定評があります」
「まぁ! どれほどの定評なんですの?」
「みんな私の道案内を信じてくれません」
「まぁ。みなさま、ユイ姉さまのことをよくわかっておられるということですのね」
そんな認識されたところで、なんの解決にもなりません。
危機感ないかもしれないですが、ほわほわと笑ってる場合じゃないんだよミリアちゃんーっ?!
事の発端は一時間前。
私はね、ようやく訪れ始めた平穏を謳歌していたわけですよ。
平穏といっても地球に戻れたわけじゃなく、ただこの世界に慣れ始めたってだけの話。
いや、この世界のって言えるには、まだまだかな。慣れてきたのはすでに一カ月を数えようとしてるロベルトのおうちでの居候生活だけだもんね。
なにが悲しくて、社会に出て独り暮らしして、あ、私自立できてるーって自覚が当然になってきたところで、居候生活…………。
やめよう。空しくなる。
実際助かってるし。
常識がわからないうちは、このままやっかいになってる方が安全安心なんだろうし。
もちろん、保護されたらしい引け目もある。あぁ、名目上は保護ってだけで、実際は監視なんだっけ? まぁいい。よくはないけど、今はいいことにしておこう。気にしてたらやってらんない。
ともかく他に身を寄せる場所もなく、だからといって右も左もわからない状況で独り暮らしするなんて、そんな無謀な挑戦する気ない。するならもう少し、常識とか情報とか情報とかを集めてからだ。
私は保守的なのだ。
ていうかさぁ、ねぇ。
平穏は平穏なんだけど。文句はたくさんあるんだよ。
とりあえず最重要事項に位置してる文句、心の中でだけどぶちまけてみていい?
私、未だに一人で、一歩たりとも外に出してもらえないってどういうことっすかーっ?!
たまーに大学に行って、ピアスとかカイリに遊ばれたり研究?聴取されたりするときも、ロベルトに連れられてだし。まぁ、ロベルトがその研究の真ん中にいるってんだから当たり前の気もする。
話ずれるけど、ピアスとカイリに年近いから「さん」なんてつけるなって言われたのは嬉しかったな。
ここに来て初めてできた……友達、になれるんじゃないかって思えたひとたち。その際、お約束に実年齢に驚愕されたのなんて……ちっちゃいちっちゃい!
……ち、ちっちゃい……よ……ね?
それはともかく。
庭に出るのは構わないけど門を越えるのはNG。
市場があるって聞いたからお買い物に行ってみたいっていうささやかな希望は……百歩譲って付き添いアリでもいいって言ったのに、完全却下くらいました。
……おぃロベルト貴様、私になんか恨みでもあんのかぁ!
たしかにね、必要ブツで足りないモノはないだろうって言われたらそりゃないけどね?! 服からなにからぜんぶ用意してくださられてるから。
ずいぶんとかゆいところに手の届きすぎる、充実したホテルのアメニティなことで!
足りないモノあるんだって言ったところで、「じゃあ言って。用意させる」って言われるのが関の山だ。
……あぁ、言われたさ。すでに言われたともよ!
あの、思わず口ごもっちゃったときの「はん。あんたの魂胆なんて見え見えなんだよ」ってでも言いたそうなロベルトの顔! あぁ、思い出しただけでもイラッてする、はらわた煮える!
私はただ、散策とかしたいだけなのよ。
嗅ぎ回ろうとかそういう魂胆じゃないんです。ただもの珍しさにいろいろ見て回りたいだけなんです。
思いがけず外国ならぬ魔法なんて非常識なものが横行してる異世界に来て、観光気分が顔を出さない人なんているのだろうか。いや、いるはずがない。いてたまるものか。
さすがにヤツと一緒に外出たときの道中、目隠しされてたわけじゃないから、町の雰囲気とかはなんとなくわかるようになってきたけどさぁ……。あ、ここ前も通った気がする、程度なら。
この町……なんていうかお上品だ。セレブ。ザ・上流階級。
町が、っていうより、私が出入りしてる場所が、なのかもしれないけどね。最初に町に入ったとき、えぇと……ゲート? だっけ。そのへんはなんとなく活気づいてる雰囲気だった気がするし。あんまり覚えてないから自信ない。夕方で視界がなんとなくぼんやりしてたし。
と、とにかく!
お上品な町並みとか調度品に囲まれてる自分を意識するとむず痒くなってくるんだ。
そのうちストレスで蕁麻疹でも出てくるんじゃないかってくらい、むずっとするんだ!
大学の雑然してる雰囲気の方がまだ落ち着く。ピアスの机周りは置いとくとして。
でもねぇ、あれはあれで場違いなんだよねー……私、あそこに普通に並んでる分厚い本たちとか、この世界の字が読めても拒否反応起こせる自信ある。
そんなことを日夜考え……いやそこまでは。思い出した時に考えていたときに、やってきたのです。嵐が。
「ユイ姉さま、わたくしとお忍びに参りましょう!」
……この時点でもう忍んでないよね、ってツッコミは不要だろうかどうなんだろうか。
ついつい、そんな現実逃避に向かってしまいました。
いや、だって……ねぇ?
だれだって、ノックする音で部屋のドア開けたらふわふわしたお姫様がにこにこ立ってて、後ろに騎士さまらしき少年が控えてましたー……って状況だったら、するよね現実逃避。したいよ。私、一般人だもん。耐性ないもん。
「え、あの……な、なんでっ、ここ……!」
「決まっています! 邪魔モノがいないうちに、ユイ姉さまを拉致してしまおうと思い立ちましたの」
「ら、拉致ぃっ?!」
「あら、冗談ですわ?」
冗談きっつい!
え、待ってミリアちゃん。きみ、こんな子だったんだ……? 行動力というかその辺が、イメージしてたのと、だいぶ……。
ていうか邪魔モノって、邪魔モノってそれロベルトのことですよね。
たしかにヤツは今日留守にしてますけども。大学行ったみたいだけども。なんで知ってんの。事前に知ってなきゃ来ないよね?! なにこの情報収集能力。
「でも、拉致ではありませんがユイ姉さまを連れ出してしまおうと考えたのは本当ですわ。ライアル、滞りありませんわね?」
「それはまあ……はい」
「ありません、わね?」
「……ありません」
ライアル君とやら、すっごい苦々しそう。そうだよね嫌だよね。お姫様ってこんな自由に外出しちゃダメだよね。なんかあったら君の責任になっちゃうもんね。
でも、押し通されちゃったんだね。そうでなきゃここまで来てないもんね。同情するよ。
「あの、私、ロベルトに自分以外の人と外出するなって言われ」
「そんなもの律義に守らなくても結構ですわ。わたくしと、このライアルがしっかりユイ姉さまをお守りいたしますからね」
にこやかに遮った!
なにこの有無を言わせないオーラ。
脳裏を笑い声の尾を引かせてすい〜っとよぎっていったのは、あの俺様王様でございます。うん。ミリアちゃん、きみはたしかにあの人の娘なんだね。
あとね、自分で言って、思った。
『自分以外の人と外出するな』って……どこの束縛された女の台詞だよ!
自覚した瞬間、全身が痒くなったね。
なに、私なに素直に今まで従ってたわけ?! 私あいつに命令されて従わなきゃいけない理由がわかんない。人権侵害だろこれ普通に。
居候させてもらってる義理はある。だが囲われ……いやいやこれじゃ聞こえが悪い。軟禁?されるのは違うだろう。あー痒い。それ以上に恥ずかしい。
で、反抗心と好奇心に負けてついてった結果が。
「それにしても、ライアルはどこに行ってしまったのでしょう。わたくしを見失うなんて、騎士として失格ですわね」
ぷりぷり怒りながら、あ、ちょっと迷子の鉄則はそこから動かないことだってのにこの子はずんずん歩きだしちゃってもうー!
あっちへふらふらこっちへふらふらを繰り返してたミリアちゃん、きみの方がはぐれた理由の大半を作ったと思うよ?
私?
うん、私は物珍しさに注意力散漫になって、残りの理由の大半を作りました!
……同罪!