「あの、私とつきあってください!!」
「……はい?」
なにこのコ。突然。
ものすごい勢いで走ってきたかと思ったら、ぼくの目の前で急ブレーキして。
青くなったり赤くなったり忙しいね。そんなことをまるきり人ごとに思っていたら、そばかす顔がずいっと近づいた。
ちょっと顔。顔、近いってば。思わず一歩どころか3・4歩引いちゃったよ。
というか、これ誰。
全くぼくの記憶にないんですがー?
忘れ去られた昔語り
「きみ、だれぇ?」
素直に訊いてみたら、この世の終わりみたいな顔をしてくれた。
別にしてほしかったわけじゃないんだけど、このコならきっとしてくれるだろうな、って変な期待ならあったんだよね。うん。
「あの、私、ユナです。一昨日リィンさんに祖母を診てもらった時に会ったんですけど、覚えてませんか……?」
全く。これっぽっちも。欠片も記憶にない。
ぼくリィン様にくっついていっただけだし。ほんとそれだけだし。
ていうか、おばーさんなんて診てた? そこから覚えてない。
だってリィン様、ぼくたちが何か手伝うまでもなく何でも自分でやっちゃうんだもん。手伝う余地がないっていうのが本音だけど。ぼくたち薬の知識ないし。よく使う薬の名前とかは一応頭の中にあるけど、薬草指さされて「これ何?」って訊かれたら、そこらへんに生えてるただの草にしか見えないからね。
それはともかく、リィン様は結構働き者って話だよ。
日常生活は尋常じゃなくものぐさで、めんどくさいことは全部押し付けてくるくせにさー。
そういうとこでは役に立たないぼくたちがついて来てるのは、リィン様がぼくたちに何にも言わずにふらっとどっか行っちゃうんじゃないかっていう心配があるからなんだよね。
あのひと、そういう前科は半端ない。
だから行動を別にするときは、ほとんど必ずぼくかファルくんのどっちかがリィン様にくっついてる。
でも、それでも防ぎきれない場合って……悲しいことにあるんだよねー……。
いつだったかな。そんなに前のことじゃない。
ここみたいな辺境の小さな村で、そのときはただの旅人としてのんびりしてたんだと思った。
当然ぼくたちはリィン様にはりついてたんだけど、ちょっと目を離した隙にどこにも姿が見えなくなってたんだよね。
慌てて村中探した結果、あるおばさんから得られた情報。
『そういえば。裏手の山に時々出てくる白い獅子の親子の話をしたら目を輝かせてたっけねぇ』
ぼくとファルくんは揃って思ったよ。
絶対それだ。って。
探しに行ったら、案の定、いっそ呆気ないくらい簡単にリィン様は見つかった。
どーして一言いってくれないんですかって詰め寄ったら、あのひとなんて言ったと思う?
『言ったらついてくるでしょう』
……えーと。
つまりそれはぼくたちがついてったら邪魔ってことですか。
ていうかそれ、ぼくたちがリィン様にやったら怒るじゃん! 何にも言わないで勝手な行動したら!
自分がやられて嫌なことはやっちゃダメって言ってるくせに。
不可抗力でふらっと行かれるよりも性質悪い。
ぼくたちに心配かけたくないからとか、余計に心配になるってどうしてわかってくれないかな。言動が本当、矛盾してると思う。
結局そのあと、白い獅子の親子を見るまでの2週間、頑としてそこを動かなかったっけなぁ……。
「ごめんねー?」
全然悪いと思ってないけど。
でも一応言っておいた方がいいよね? というよりもそれ以外に言うことないんだよ。本当。
何の興味も湧かない、知らない人に「つきあってください」なんて言われて「はい、いいですよ」なんて答えるほど、ぼくの頭は沸いてないもん。
もし会ったことがある人なんだとしても、覚えてたかどうかは自信ないけどさ。
だってぼく、人の顔覚えるのって苦手。
人の顔なんて全部同じに見える。さすがに何回も話したりすれば覚えるけど。でもそれ以外の、自分と何にも関わりない人の顔を覚えてろって、それ何の修行? って感じ。
だからさ、きみだけじゃないから気を悪くしないでねって言おうとしたら。
「う、うぅっ……」
な、泣いちゃった。
これ……ぼくが悪い? もしかしなくてもぼくのせい?
でもさぁ。知らないんだから仕方ないでしょー?
やだなー……。こんなところリィン様に見られたら怒られるに決まってるー……。
逃げちゃいたいけどリィン様が村のお偉いさんとお話し中なんだよね。早く戻ってきてくれないかな……。このままこの子と一緒にいるよりはリィン様に怒られる方が、なんか、ましなように思うんだ。なんでだかわかんないけど。
「わっ、私っ、あきらめませんからっ! 絶対にセレンさんに好きになってもらうんだからあっ」
うわー。
ベッタベタな捨て台詞残して走ってっちゃったー……。
やだなぁ……ほんとにやだ。なんか執念深そうな感じで。
でもね、それって無理な話だよ。
天変地異が起こってもあり得ない。
まぁ、いろいろ文句はあるけどさ。それを差し引いても余りあるくらいに、ぼくのリィン様に対する思いは大きいってこと。
ぼくが好きなのはリィン様だけ。
その強さだけはファルくんにだって負けたくない。
『好き』の意味はあのコが望んでたみたいな種類のものじゃないだろうけど、そんなの関係ないよね。だってどうでもいいし。
ぼくたちだけは何があっても変わらない、リィン様の『絶対』でいたいんだ。
今までも、これからも。
ずっと。
……ところで、あのコの名前なんていったっけ……?
ま、いっか。