その転機に前触れはなく04
腹が立つ。
あぁーむかつくむかつく!
こんなに誰かに対して腹を立てたことってないよ私! ってくらいむかつく。
あんまりにも頭に血が上りすぎて、なにに対してむかついてるんだかわかんなくなってきた。いや違う、わかんなくなんかない。
私はこの、目の前の。
めんどくさそーーうに肘ついてそっぽを向いている……。
ひょろ長もやし男の全てに対してむかついているのだよっ!
魔法の世界だか何だか知らないけど、いや私も乾燥機のお世話に……『機』って表現がおかしいか。あぁそんなのどうでもいい、とにかくこのロべルトって男の乾燥魔法?だかのお世話にはなったさ。
でもね。
この男の言動によって、私の精神衛生が著しく被害を被ったのもまた事実!
だから世話になったのなんてプラマイゼロでチャラだね。いやいやそんなことはないマイナス側が勝っている。
だから私の言い分のが正しい。
絶対的に、誰がなんて言おうと正しい!
せめても少しオブラートに包め。
順序ってもんを考えろ。
突然わけわからん世界の噴水に落っこちて、混乱状態の人間に対する態度としてそれはどうなんだ兄ちゃんよ! 配慮しろよ。
大体なんなんだその格好は。
前の開いたワンピースみたいのの上にまた、ポンチョ……いやケープっていう? そういうの着ちゃってさ。しかも何故にそれが似合うのか。似合っちゃってるんだよこれが。
あぁあああぁぁ……異世界感、全開……………………。
誰か。
私に視覚的な優しさをください……。カモン、マイナスイオン。今私はきみたちを渇望している。
「あっはっは。ずいぶんと威勢のいい啖呵が聞こえたけど……ロべルト、彼女?」
疲労と世界観のギャップに机に突っ伏していた私は、そんな誰かの声で顔を上げた。のっそりと。
さっきまで散々喚き散らしていたわけだけど、もう諦めたんだよ。疲れた。このロベルトって人、もうやだ。
だってあの後、私がどんだけ説明求めても文句言っても返ってくるのは「それで?」とか「あっそ。だから?」とかなんだもん……会話する気が微塵も感じられないんだもん……。
なんかもう、焼け石に水……はちょっと違うな。水、お湯になってない。
あ、のれんに腕押しだ。これだ。
「彼女じゃないってぇのっ!」と叫びたかったけど、一応残っていたらしい理性がそれを押しとどめた。
残ってたんだ理性……。あまりの眠さと混乱と焦燥で、軽くどっかに吹き飛んでたかと思っていたぜ。まあ理性以前にそんな叫ぶ気力残ってないんだけどさ……。
それに今の絶対、そういう意味の「彼女」じゃない。
もしそうだっていうなら、富士山頂から世界に広ーく否定の声を届けたいと思います。日本一のマウントフジから。重要なのは叫ぶことより場所なんです。だからお願い帰してプリーズ。私には、家で私の帰りを待ちわびているやつがいるんだってばさ。
「クルセイド様」
ロベルトの兄ちゃんが目を見張り、予想外ーみたいな顔で呟いた。
あんたそんな顔もできんのね。てっきり陰気なもさっとした顔しかできないのかと思ったよ!
ん。てか誰だ。
爽やかに登場してくれたのは、これまた綺麗な兄ちゃんだった。兄ちゃんといってもロべルトより随分若い……二十歳くらいの若兄ちゃんだけども。
うちの弟と同じくらいかなー、なんて考えた。
いやいやそれはおこがましい。うちの馬鹿弟とこの爽やか兄ちゃんを同列に扱ってはいけない。
そんなことをしたら天罰が下る……ような気がする。だってなんだか若兄ちゃんから、さっき私があんなに求めていたマイナスイオンを感じるんだ! うちの弟から感じるのはマイナス要素だけだっていうのに、え、なにこの差。世界の差とか言われたら悲しいからやめてほしい。だから回答は受け付け拒否です。
「あぁ駄目だよ、駄目。クルスって呼んでって言っておいたのに」
「……申し訳ありません、クルス様」
「様もつけないように言ったよねー、僕?」
「ですから。さすがにそれは無理と申しました」
「意外と頑固だねぇ。柔軟なのは専門分野に関してだけなのかな、きみは」
なんだかロイヤルちっくな会話が繰り広げられております。
げ、現実……っ、現実を私にください…………っ! これが現実だなんて非現実、私はやっぱり信じたくありません。
心の扉を自ら閉めたくなったけど、それより先に好奇心が立ってしまった私はもうどうしようもないね。
こういうスキルは10代の専売特許だと思ってた。でもどうやらそうでもないらしい。好奇心を失わない大人って素敵だと思ってたけど、厄介でもあるみたいだ。
でも無理ないって。
だって「様」なんてつけて呼ばれる人、私見たことないってばさ……。
総理大臣とか大統領ですら「さん」づけされるか役職名で呼ばれる時代の人間です。様って呼ばれる人がどんだけ偉い?人なのか、ちょっと私には想像つかない。
「ねぇ誰」
だから聞くのが一番だと思ってつっついてみた……んだけど。
「あんたには関係ないから」
……うん案の定!
余計なこと訊かないでくれる? って目で見られた!
もう腹も立たないね。立つ腹も品切れだね。そろそろ諦めることを覚えたよ私。偉い私。
「なんだ、もう仲悪くなったの。気が早いねぇきみら」
おいおいこのクルセイド様とやら、爽やかーに花でも飛ばしそうな顔で何言ってくれちゃうの。や、仲いいねって言われるよりかはマシだけど。
「それとロベルト、関係なくはないよ? 僕がきみについてきたのは、彼女に会いたかったからなんだから」
うぉぅ……っ。
ものすごくこっぱずかしい台詞だな!
不覚にもときめいてしまったじゃないかい、こんな爽やか兄ちゃんに素面で言われたら。
「それほど珍しいモノでもないでしょう? 中身がコレですし」
「まぁ確かに。外見はそれほど珍しいわけでもないかな」
モノとかコレとか……っ、本当失礼だなお前は! しかも同調しないでよ爽やかくんっ。そこは否定が欲しかった!
「でも楽しくていいじゃない。この国に異世界人がやってくるのはずいぶんと久しいことだしね」
「は…………?」
この台詞、いや台詞とも言えないこのフレーズ、私ここに来てから何回口にしただろうね。
そんなのはどうでもいい。
この人は説明してくれる。偉くても何でもいい。会話が成立して、かつ説明してくれるなら今この人を逃すわけにはいかない!
「この国、に?」
「うん」
「この世界に、の間違いじゃなくて?」
「う、うん」
私が「放すもんか」とばかりにマント(?)をがっしと掴んでいるのに引いたのか、ちょっと腰が引けてるけどそんなの気にしてる余裕はないね。
さぁ吐け、吐くんだ!
「レニヴェースに異世界人がやってくるのはそう珍しいことではないんだよ。だから異世界人保護法なんていうものができたわけで……あれ、まだその説明まで辿りつけてなかったの?」
「しましたよ」
いやいやいやいやちょっと待って。
なにそれちょっと、いやかなり聞き捨てならない。
何を言うおまえ、嘘言っちゃいかんロベルトさんよ!
「ちょ、そんなの私されてないってば!」
「した。あんた記憶力悪いのな」
「っの……! 言葉聞いただけで説明はされていないって言いたいの!」
「推察すればわかることだろ。てぇか手。離さない?」
「あの状況でなにをどう推察しろっていうのよこの口は! 異世界ワード満載の、一方通行通告じゃ理解できるもんもできないでしょ!」
訂正。
立つ腹はまだ残ってた。
「あー……ロベルト? この時点で僕が介入するのは違反だっていうのは知ってる。知ってるけど、わかってるのを承知であえて言わせてもらうよ」
爽やかくん、そう言って仲裁に入ってくれました。
ついつい胸倉掴んでエキサイトしてしまった私をやんわりと、でもけっこう無理に引っぺがしてから。
「きみね。異世界人に対して説明義務を怠るのは異世界人保護法に背いているからね? 特にファーストコンタクト時の説明に関しては」
「……勿論。理解していますよ」
「苛つくのもわかるけど。でも、彼女自身のせいではないのだからね」
優しいけど厳しい学校の先生みたいな爽やか兄ちゃんの言葉に、ロベルトは苦い顔で目を閉じた。
そして、長くて細い溜息をつく。
あぁ、知ってる。アレの正体。
自分を落ち着かせるための、自分の中にある重たいものを少しでも出してしまいたいっていう時のものだ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ罪悪感に囚われた。『彼女自身のせいではない』っていうのが気になったからだと思う。
「さて、すまなかったね。随分と遅くなってしまったけれど……ロベルトがこれからきみに、きみの今の現状について説明してくれる。だから落ち着こう。ね? ユファリス・スノーベル?」
でも悪いが今は失礼男ロベルトの事情より自分の問題のが大きいんだよ。
このほんわり笑顔の爽やかくんがいなかったら、私説明義務とやらをほっぽり出されて連行されるとこだったしね。やっぱむかつくなロベルト!
もう兄ちゃんなんて呼んでやるもんか。呼び捨ててやる。てか多分、私とそんな年変わらない。
ところで思い出したよ。その名前。最初、「ん?」って思ったけど。
勝手に王様とやらがつけたっていう私の名前だ。
今のでたぶん覚えた。
二回目だったのもある。でも、このクルセイド様とやらの声の調子がとてもゆっくりで、聞き取りやすい綺麗な声だからっていうのがすっごい大きいと思うんだ。ロベルトの声ってば棒読みで早口で聞き取りにくかったしね!
ところでその名前…………決定…………? ふつーに呼ばれて頷いてしまったよ。
だからね、私には清水結花というれっきとした名前が既にあるのですよ。
ユファリス・スノーベルなんて珍妙な名前、いらないって。