盾なりし知識、枷なりき特質 14
王様に会う。
簡単に言われたから、こっちも簡単に考えてたけどさ。
……よくよく考えてみたら、けっこうとんでもない事態ですよね?!
か、考えなくてもそうだなんて、もっともな台詞は受け付けません。
だって王様だよ?
王様って、国で一番偉い人だよ?!
大統領とか総理大臣はもちろん国のトップだけど、彼らは国民に選ばれた国民であって、最初から偉かったわけじゃない。
でも王様って、王族とかって種類のお方って、生まれたときからそうじゃん。セレブの最上級じゃん。
そんな雲の上のそのまた上にいる違う人種に会えって言われても、生まれたときから庶民でこれからも一般庶民でいるつもりだった私は困るしかないわけですよ。困る以外にどうしろと。
いや、名前を王様からいただいて〜云々の時点でもちろんそんな気はしてたさ。うん、してたはず。
ロベルトからも事前に言われてたさ。前日だったけど。それを果たして事前といえるのかはまた別の問題。あのにいさんはもう……。
あんまりにもさらっと言われたから、こっちも「あ、そうなんだー」って極めてライトに受け取ってしまったではないかい!
言い方に問題があるよね! 軽く受け取った私にもそりゃあ非はあるけど。
『王様に会うから』
以上、終わりでなんの心構えも説いてくれず、勝手に会っとけみたいなノリで話題終了って、そりゃないよね?!
言及しなかった私が悪いのですか。そうですか……。
でも、それ以上追及することを本能が拒否したというか。私の受容耐久許容量を脳が推し量った上での、無意識の判断というか。うん、きっとそう。きっと。
なんて現実逃避はいつまでも続けてなんていられないのでした。
なぜなら、もうお城の中に入っちゃってるから。
すでに話が通っちゃったらしく、現在ゲストルームにて王様の出待ち状態だから!
……逃げられない!
逃げようとしても絶対に回り込まれる。
3回目に必ず逃げられる法則なんていう、ご都合主義なアレなものがあったら絶対にチャレンジするのに。あるならね。
くそぅ、王様へのコンタクトがこんな簡単に取れてしまうなんて。
もっとこう、門前払いを喰らうとか、何日も待たせるとかないのか。セキュリティ的なものは大丈夫なのか。されたらされたでむかっ腹立つこと間違いなしだけど、今はそんな展開を歓迎する。むしろして!
無理ですか。
そうですね、そもそもロベルト、王様の命令で私をここまで連れてきたんでしたっけね。こんなどこの馬の骨だかわかんない小娘に会いたがるなんて、王様って暇なんですかー?
こ、こんなことなら、馬の骨とか自虐ネタが頭をよぎっちゃう未来を想像できていたんだったら、昨日レクサーヌさんに礼儀作法とか敬語とか、礼儀作法とかとご教授願っておくんだった……。
ソファにどっかと腰掛けて、またしてもレポートらしいものを読んでるロベルトに聞くって選択肢は、なしで。
だって鼻で笑われて終わる。わ、笑われるだけならまだいい方かも。……会って数日で私にここまで思わせるこいつって、ホント、いったいなんなんだろうね……。
レクサーヌさんもね、もう、なんて言うか。
悪い人じゃないんだ。悪い人じゃないんだけど……あんまりよろしくない部分でロベルトとそっくりですねって言うべきか。
こっちは疲れてるってのに、数時間お話につき合わされたのは……100歩譲ってよしとしよう。
人の話を聞かないわけじゃあない。話をこっちに振ってばっかりで、私が喋らざるを得ない状況だったはずなんだ。それなのに圧倒的にレクサーヌさんが喋ってた割合の方が高い気がするのは何故なのか。
会話ころころ変わるけど、ちゃんと……いやむしろ必要以上に展開するのはね、全然違うんだよ。弟と。
でも会話にレールが走ってて、自分だけで納得して話が進んで私が言及できないー、な展開は変わんない。
私はたしかに『会話』を求めていたよ?
しかし、ものには限度つーものがある。
ロベルトとの、たぶん私が一方的に気まずい空気耐久レースの次は、恋バナ大好き詮索トーク攻めですか。
泣けてくる。
テンションの高低差に、わたくしついていけません。
……私がもし今という未来を見越していても、ご教授を切りだそうという時点で無理だったかもしれない。口を挟む余地がなくて。
昨日だって旦那さんが迎えに来てくれて、ようやく話がストップしたくらいだからね。
それにしても旦那さんてばまあ、ぽんぽんと臆面もなく、歯の浮く台詞を吐いて下さいまして。あれが素面だってんなら恐ろしい話だ。いろいろとどうなっている、異世界!
で、5か月なんだそうです。二人目だそうです。
あの、大事な時期なんだから、もう少し自重した方がよろしいのでは……でかいスーツケース抱えてお出かけとか。夜中まで喋り通しとか。
「陛下よりお呼びがかかりました。異世界のお方、どうぞこちらへ」
び……、っくりしたぁー……。
部屋に入ってきた気配感じませんでしたが。案内の兄さんよ。
ノック、せめてノックしようよ! もし私が着替えでもしてたらどうするつもりだったんだ……て、ロベルトが一緒の時点で、してないな。
え、ちょ、待ってロベルト、普通に「わかりました」とか応えてついてかないで。
私はまだ、心の準備というやつがまだ、まったくできていないー!
「なにやってんの」
可哀想なものを見る目で見ないでー……。
確かにね、ぼけっと突っ立って「え、え?」ってきょどきょどしてる私は立派に不審者さ! でも好きで挙動不審者になってるのではないのだよ。
あぁあぁぁぁあ……! もうヤだ…………。
頼むからロベルト、あんた、私をおいて行って。私ここで待ってるから。ソファあっためといてやるから!
「あ、あんたが一人で行ってくれるって選択肢は」
「……さっさと行かないとおいて行かれるんだけど」
ないんですね、選択肢。
そういえば一番最初に言われたな、拒否権ないって。選択肢までないのかよ。それはないだろ……。
結局腹を決めてついて行きましたさ。
あのまま動かなかったら首根っこつかんででも引きずられそうな雰囲気だったんだもん。借り物の服が伸びちゃったら申しわけないじゃないか。
あぁ。私って貧乏根性は据わってる……。
そっからの流れはもう、中世ヨーロッパの映画の中に入りこんでるようでした。
とてもじゃないが私には形容できない。描写できない。
ただただ「うっわぁ……」の連続。
私、完全に傍観者の思考です。そうじゃないと自分を保てない! いや、保ててないけど。既にキャパシティオーバーしてるからこその対処法!
そうでなかったら、たぶん『謁見の間』なんていう所へ続いているだろう、馬鹿でかい扉が仰々しい口上と共に重々しく開かれたり、その先が大学の一番広い講義室より遥かに面積大きかったり、その広ーい間の一番奥……階段の最上部にいる人を視認するのに、魔法で便利に矯正された目をつい眇めてしまったくらい遠かったりなんて……そんな目眩を起こしてほしいのかって展開、耐えられない。
うわぁ。
ゲームとか漫画とか小説の世界。
どうしよう、現実逃避が止まりません!
うわー赤い絨毯だよ、金色の細かい刺繍がしてあるよ。ふかふかすぎてつまづきそう、てかここ土足でいいの? もう泣きたい。
広間を半分くらい進んだあたりで……ロベルトが止まって、なんか、ひざまづいちゃったんですけど。
え、私も倣えばいいの? 倣う気満々だよ? 他にどうしようもないから。
「あなたはこちらです」
その場にしゃがみこもうとしたコンマ一秒前、案内の兄さんに手招きされちゃった!
待って! これ以上進んだらロベルトが、模倣するものが見えないっ! でも進まないわけにはいかないっっ!
ど、どど、どうしよう。
どうしようもなにも、どうしようもない。
私は今、これまでの人生において、そしておそらくこれからの人生においても最大のパニックに見舞われています。
しかし頭真っ白になってる間も、足は動くという。動かさざるを得ないのです。
案内の人が止まって、ここって言われた場所は階段から超近い場所でした。
……どうしろと。
案内の兄さんに、縋る視線を込めてみました。
兄さん、私に軽く一礼して、ちょっと離れて直立不動になりやがった! 礼はいらない、アドバイスをくれー!
と、とりあえず、さっきロベルトがやってたみたいにしてみよう。
で。
ここからいったいどうしろと。
「ユファリス・スノーベル」
重々しい声が降ったので、反射的に返事をしました。点呼されてるわけじゃないとはわかってる、でもそれ以外に私にどうしろと。
「は、はいっ」
してみたものの、そっから沈黙が流れるってなんなんでしょう。
ここ、私がなんか言うべきところなんですか?!
そうならそうだって、だれか示唆して! お願い、私はあんたらの国について名前くらいしか知らないんだ、おまけにパニック真っ只中で、普通できるだろってことすらできない自信があるんだぁっ!
沈黙が、沈黙が痛いんですけどぉぉっ!
ぷっ、て誰かが噴き出した。
誰だぁ! 私のせいいっぱいの挙動不審振りを笑ってくださったのはー! 思わず感謝しちゃったじゃないか、沈黙を破ってくれたことに。
「きみの知っている、きみの世界の挨拶でいいんだよ」
こ、この声、聞き覚えあるんですが。
おそるおそる顔をあげてみて…………おぉうっ!
マ、マイナスイオンの兄ちゃんーっ!!
神が。ここに神が舞い降りていらっしゃった!
やばい泣きそう。
今なら神を信じたっていいかもしれない。
知らない場所の知らない人たちの中に、ちょっとでも知ってる人を見つけたときのなんという安心感の生まれることよ。しかもその人が行動を示唆してくれるなんていう大変に親切設計な人だったことに、どんな感謝の念を込めればいいやら。
そうなんですね、私は挨拶をすればいいんですね……なんていわれても、すぐにどうこうできるって話ではありません。
大変困ったことに、今の私の鳥がぴよぴよ羽ばたきながら回ってそうな頭では、無難な挨拶すら容易には浮かんでこないのですよ。
え、えぇと……三つ指ついてはお出迎えとか……ちょっと違った意味のよろしくお願いしますだしな…………。
じゃなかったら、あ。
会釈は15度、普通礼は30度、最敬礼は60度、玉露の適性抽出温度も60℃ってなんか変なの混ざってる! あれっ、70℃だったっけ玉露。実践したことはないからわかんない。私は深蒸し茶が好きなんだ。……しかも、普通礼って45度だった気がしてきたぞ。
えぇい! もういいよなんだってっ!
なにしたってわかんないよ、よっぽど非礼なことさえしなきゃいいよ、きっと! たぶん!
「は、……初め、まして。なんだかよくわかりませんが、気がついたら、ここにいましたが。どうぞ、よろしくおねがいします?」
ひどすぎる。
いくらなんでも、これはひどい。
礼とか、会釈と普通礼の中間くらいだったし。中間といっても普通礼の角度自体が怪しいけど。ホント、どっちだったっけ……。
私はこれでも社会人なのかと。
日常的にこういう挨拶をする種類の社会人ではないけども、それにしたってこれはないだろうよ……。