盾なりし知識、枷なりき特質 15
沈黙!
だから沈黙が痛いんだってば!
なに。なんなのここの人たち。礼儀知らずの小娘は、だれもなんにも一言も発しない重ーい空気の中に放置して苛めて楽しもうとかそういう魂胆?! そろそろ泣くぞ!
あぁもう、この空気、元はといえば全部ぜーんぶロベルトのせいだ。
最低限の礼儀作法とかなに言えばいいのかとか、ちょっっとくらいは教えてくれたってよかったじゃないか。その程度、カンニングにもなりゃしないっての。
だから背後から、ぐっさぐっさと針刺すみたいなオーラ放つのやめて。理不尽だ。私こそ呪いたいんだっつの、あんたを。
含み笑いが。
なんか、上の方から聞こえてきたなー……って思ったら、だんだんと音量が増して……。
高笑いになったのですが。
静寂の広間に高笑い、が……。
うん、高笑いする人って初めて見たからあれが高笑いってやつなのかはなんとも言えないけど、きっと高笑い。
お、王様ぁー?
ずいぶんと楽しそうでいらっしゃいますねぇー……。
…………ぇ、ええー……っと。
ご乱心?! え、いいの皆さん止めなくて! ……って、だれも動きすらしないし。
ちょっとそこのマイナスイオン。きみでいいから王様のご機嫌伺いを……ってちょっと待って。あからさまにふいっと視線逸らされたんですけど! 神的存在、マイナスイオンにいさんにまで見捨てられたら私どうすればいいのーっ!
「はっはっはー。アーネスト、やはり賭けは俺の勝ちだったな!」
はい?
……………………か、……賭け?
今、賭けとか言った? この王様??
賭けってなに。賭けって……言葉通りにアレですか。
頭の中を駆け抜けたビジョンはこちら。
新聞片手に赤エンピツ耳に引っかけて、馬券握りしめて「負けたー!」ってうなだれてるおっちゃん。
じゃらじゃら頭の痛くなるBGMの流れる空間で、スロットの真ん中に並んだ「7」が5つ。吐き出される大量のコイン。
……なんか違う。
アーネストって人と王様との間での話っぽいし。賭博とかカジノ的ななにかではないよね。
つーか王様、一人称『俺』ですか。
いいの? 謁見の間っていう公的場所で、そんな私げな言葉遣いしていいの? 静粛な雰囲気なんてもんは笑い声響いた時点で、私の緊張感引きつれて霧散したけどさ。……いいの?!
「陛下」
王様のすぐ横に立ってる人が、苦々しい顔で呻いた。
これがアーネストって人だろうかね。なんか、ロベルトと似た服着てる……この人も魔法使いさん? うん、そうっぽい。杖は持ってないけどそうっぽい。ロベルトも今は持ってないけどね! だってお城の待機部屋に入る前、預かられちゃってた。たぶん警備的な理由で。
信用されてないってことだ。ざまぁみろ!
……すみません言いすぎました。ただの形式的なものですよね、すみません。口に出したわけじゃないけどすみません。
それはともかくとして……。
アーネストさんの印象。
神経質そう。
いやいやいや、人は見た目で判断しちゃいけないよ。人は見かけによらないなんて、使い古されたことわざ的なものあるし。
でもこの人絶対に神経質。あと偏屈。
だって顔に書いてある。一筋縄じゃいかない管理職の総締めみたいな匂いも感じる!
「今後も継続的に、とは申しませんでした」
「ああ。言わなかったな」
「この場の終始、とも申しませんでした」
「言わなかったな」
「私は譲歩したつもりです」
「そうだな。おまえにしては妥協してくれた方だよな」
あ。
かろうじて平常心を感じさせる真面目顔だったアーネストさんが。
「でしたらもう少し。一国の主であるという威厳を保ち続けては、いられなかったものでしょうかね」
微笑えまれた。
え、なにあれ。背筋さぶっ!
にこーじゃなくて、すぅーって効果音の微笑みって……。
目! 目が笑ってない! すごい、ここまで完璧な口元だけの微笑みって初めて見た。向けられてるのは自分じゃないってのにここまで破壊力すさまじいのも初めてだ。金輪際見たくないな!
「残念ながら俺の根気は売り切れた」
対する王様図太い。動じてない。
でもできれば周囲への二次被害が広がるのを考慮して、ちょっとくらい殊勝になってくれればよかったのになー、とか。思っちゃったりするのですが。そこんとこどうなんでしょう。そして根気は売ってたのか。そうと知ってれば買ったのに私。欲しいよ根気。根性とか忍耐とかの、私に足りてないスキル欲しい。今度売りに出すときは事前に教えといてください。
「……ウェルナー…………だいたい貴方には国王としての自覚が」
「あーあーはいはい。もういいもういい聞き飽きた。右から左に抜けるだけで無駄だから、もう言うな鬱陶しい」
「足りないと常日頃から申し上げているのがわからないようですね……!」
王様、代わりに殊勝ってスキルあげるからっ。対価はいらない、あげるからお願い受け取って! アーネストさん、だんだん微笑みの維持が難しくなってきてるからー!
「だいたいなんですか。その、賭けというのは。私は賭けをした覚えなど一切ありませんが」
「したぞ。……20年ほど前?」
「そんな記憶の怪しい子ども時代の戯言をここで、よりにもよって、今この場で持ち出す必要性がどこにあると」
「俺の代でもし異世界人が国内に現れて、面白さ満点のやつだったら俺の勝ち。面白くなかったら引き分け」
「聴いていませんか」
いやあの、引き分けって。負けじゃないんだ?
なんだそのジャンケンの『無敵』手みたいな卑怯ルール。そして、そんな賭けになってない賭けの対象にされた私っていったい……。面白かったんだ、そうですか。素直に喜びたくはないな。素直じゃなくても喜べないな。
しかし王様フランクだな。こっちが素だよね、どう考えても。
……最初の重厚感はなんだったんだ。イリュージョン? はっ、これも魔法か、そうなのか!
そっから……というか最初から?
あら探しと、それに負けじと言い返す応酬が幕を開けたのでした。
……………………あんたらは小学生ですか。
ぱっと見30代のいい大人が公的場所で繰り広げるもんじゃないだろ。周りもどうして止めないのか。……相手が王様だからか。いや、王様だからこそ止めようよ! 部外者! 私、部外者! 部外者に晒していいのか一国の主のこの醜態をー!
外から見てるだけなら……楽しいんだけどね……。
「おいスヴェン。助けろ」
私が白ーい目で、生ぬるーく観察できるようになる程度の間繰り広げられてた応酬の末、先にギブアップしたのは王様の方でした。
しかし王様、それは無茶ってもんでしょう。
あなたが助けを求めたのは案内の兄さんですよ? 私のすぐ近くで直立不動になってる。そんな人に……って、もしかして案内役したってだけで、この人ただの案内の兄さんではなかったりするのか?!
い、今さら気づいた……。この人、腰になんか物騒そうな長物下げてたりしてる……っ!
ねぇ待って。それってもしかしなくても、ずばーって敵とか斬っちゃったりする、ふぁんたじー世界では一番にオーソドックスな武器だったり……するんだろうねぇっ。もう私こんなことで驚かない。動揺してやるもんか。いちいち過剰反応してたらこっちの身が持たないってことにやっと気づいてきたよ。
いやいや……魔法を使う杖の方がふぁんたじー要素高いけど、こっちも大概ですってば。
「無理です」
冷静!
きぱっと突っぱねたね、兄さん。
「近衛は俺を守るのが仕事だろう」
「……もっともらしく胸張って仰らないでください。アーネストの正論から陛下を守る者など、誰もおりませんよ。無理というか、拒否です。言い負かされてください」
スヴェンさんとやら、完全に呆れモードです。
つーかこの呆れモード……今に始まったことじゃないな。気づかなかったけど、一人爆笑始まった瞬間から入ってたよね。
王様本人と私以外のここにいる全員が。
あぁ。マイナスイオンにいさんが目を逸らしたのって、下手に私に助け舟出したら目をつけられてからまれるからとか、そういう理由か。納得。見捨てられた感が深まるけど納得。
「そうか……よくわかった。もういい」
よ、よかった……なんだかよくわからないけどよかった。
これできっとアーネストさんの氷点下にまで下がりきったオーラもプラスの方向に……。
「もうおまえには頼まん、バルになんとかしてもらう。バルーーそこにいるなーー? バールークーレーフーー!」
なに立ちあがって気合入れて、腹式呼吸全開で叫んでんのこの人はーっ!
ああ、体感気温が……また一段と下降の一途を辿って…………。
「お呼びでしょうか、陛下」
私たちが入ってきた扉から、きっとバルクレフさんがお出ましに。声的にこの事態を知らない。この穏やかーな声は、絶対知らない。
……が、がんばれ救世主ー!