盾なりし知識、枷なりき特質 16
結論だけを先に言っとこう。
バルクレフさんは、王様ワールドを打開する救世主にはなれませんでした。まる。
入ってきたバルクレフさんの顔を見た時点でね。
『あ、無理』って本能が囁きました。たぶん天啓。示されたからって特になにがあるってわけでもないけど、天啓。
……天の声は正しかったさー。
見るからに人畜無害、いい人を地で通せそうな風貌と雰囲気の救世主(?)は、見事王様に丸めこまれて敗退したのでありました。
同時に、案内の兄さん改めスヴェンさんには生ぬるい同情目線を、アーネストさんからは鋭い眼力攻撃を現在進行形でもらっております。
…………哀れ!
途中から舞台に引っ張り上げられたっていうのに、一人だけ槍玉に上げられるとか哀れすぎる。
なんていうか、こう……上から下から板挟みにあってる中間管理職の悲哀のようなオーラを……ひしひしと感じてしまうのは、そしてもはや本人は諦めの境地に入ってるのは、きっと気のせいじゃないと思う。苦労してるんだね!
「陛下……そろそろ本題に入ってはいかがかと。これだけ雰囲気を壊せばもう十分でしょう?」
「おお、そうだな。じゃ頼む」
静観を決めこんでたマイナスイオンにいさんの思いがけない発言に、思わず二度見みたいなノリのリアクションをとってしまったじゃないか。故意に壊してたのか、空気。
あ、静観決めこんでるのはロベルトもね。
あいつ、王様たちの応酬が始まった時点で、気づいたらすみの方に退避してやがんの。ずるい一人だけ! と、倣って退避した私も同罪か?
王様の隣に移動していたにいさんが、ふわっと目を細めた。それがあまりにも殺人的な破壊力だったもので……目眩がします。直視できません。そういう輝かしいスマイルには耐性ないんだよーっ!
「ユファリスお待たせ。ここからが本題だからね」
「……はぁ」
「陛下が『面倒くさいから代われ』って言われるから僕が話すけれど。これは陛下からの言葉ということで」
加えて面倒くさがりか。王様、私の期待を裏切らないな!
て、にいさん。なんでにいさんが王様の代弁するの。
…………ロベルトに『様』つきで呼ばれてたからそうだとは思ってたけども……もしかして、私の予想より遥かにロイヤルなお方なのか、このマイナスイオンさんは?
はっ!
も、もしかしてにいさんは……おうじ様とかいう肩書きを持たれるお方なのか…………っ!! そうじゃなければいくら面倒くさがりの王様でも、代弁者なんて役を与えられないはず!
マイナスイオンの王子様。
……………………はまりすぎ……!
この人なら、今まさに眼前にあるにっこり笑顔のまま白馬に乗っててもブーイングは生まれまい。むしろ乗っててほしい。
金髪じゃないのは惜しいけども、赤っぽい髪にはブロンドと思われる光沢あるし。銅色?
「本来、代弁ならこの人の息子がするものなんだけれど。あいにく彼は遊学中なものだから……代わりの代わりということになって、きみには申し訳ないね」
「い、いえいえいえ。お気になさらずっ」
なんだ。王子様じゃないのか。……残念。
「そうですね、問題ないでしょうクルセイド様。もっと本来であれば、この方が、ご自分で、申されるべきことですので」
王様に向けられる目の表情と声色が比例しないことしないこと!
ぞわぁっと冷たいものが背中に這い上る。うん、よし。この人には逆らうまい。口応えもするまい。あんな視線をもらおうものなら石化できる。
でもありがとよアーネストさん。心の底からありがとう。感謝申し上げる。
このにいさんの名前を言ってくれてありがとうっ。
マイナスイオンにいさんていう心の呼び名だけが私の中で独り歩きしてて、確かに聞いたはずの本名忘れてただなんて……言えない…………言えないよ…………。
クルセイドね。よし覚えたっ。
……あれ。でもそういえば私、あそこでにいさんとは会ってないことになってるんだっけ? てことは初対面設定? 覚えてない方が正解だった??
…………け、結果おーらいということで!
「失礼ついでに、きみにだけ名乗らせておいて僕たちは名前を告げてもいないことも謝罪させてほしい。今さらだけれど……この人が一応、ウェルナー・クライス・メルギス陛下」
「一応とはなんだ。一応とは」
王様、椅子にふんぞりかえって文句たれてるし。態度でかい! 当たり前か、王様だ。よく考えると腰が低いへこへこした王様って嫌だな。そんな人に一国の主なんて任せたくない。
「僕はクルセイド・ウェンテンス。母が王姉でね、そういうわけでこの人の甥ということになってる」
……あぁ。
だからさっきから王様のこと、『この人』呼ばわりしてると。王様の代弁もできると。
お、王子様じゃなくても十分にろいやるだった……っ!
「で、この説教くさい人は魔法兵司令官。兼、国王相談役のアーネスト・ルーシェ。きみをここまで案内してきたのは王室近衛隊長のスヴェン・アデリツェフ。あそこで黄昏てるのが第一魔法兵師団長のバルクレフ・アシェッド」
「…………はいっ?」
うんうんへぇー、みなさんとっても偉そうな肩書きですねー……なんて、うわぁーって感じに流して聞いてたら……待ってにいさん。
今、最後、なんつったっ?! なにやら流しちゃいけないっぽい名前を聞いた気がするのですが!
「想像通り、彼のお兄さんだよ」
いやいや。そんなろいやるスマイルで仰らなくても。
ぐりんっ、と勢いよく首を回してしまったその先で、バルクレフさんは、ほわっとした愛想笑いをよこしてくれました。その延長線上にいたロベルトからは無表情に顔を逸らされましたが!
……似てない似てない絶対似てない!
レクサーヌさんの時はちょっとしてから『あ、やっぱ似てる』とか思ったけど、今回絶対にそれはない。ぜっ……っったいに、似てない! 髪の色くらいしか似てるところない!
そうだよ、兄弟は似てなくちゃいけないわけじゃないんだから。
これでまた実は性格似てますよなんてなったら、私、今度こそ人間不信になってやるーっ!
「それでね、ユファリス。彼から聞いてはいるだろうけれど……きみには、もう一度重ねて伝えなければならないことがある」
一応、はいって返事はしておいたけど、心の中では『いやたぶん聞いてないと思います、かなりの高確率で初めて聞く話になると思います』なんて冷めた感じに呟いてました。
……正しいと思うよ?
「この世界はレニヴェースという名を持っている。きみがもともと生まれ、暮らしていた世界とは異なる場所、異なる次元に存在する世界――理論を説明するときりがないし、僕はそれをできるだけの知識を持っているわけではないからできないけれど……これは、もう理解してもらえただろうか」
「……はい。私の世界には魔法なんてものはありませんでした。それだけで十分、理解できます」
「そう。それなら話は早いね」
にっこり穏やかな表情と口調は、私を落ち着いた考えの下において、言葉をつくらせてくれる。どうぞ話して、ってオーラを放ってくれているんだよね。それだけでもう、動悸がゆっくりとおさまる。こんなあり得ない場所だっていうのに。
にいさんよ、やっぱりあなたは私のマイナスイオンです。
「きみと同じような者がね、レニヴェースには時折訪れるんだよ。どうやらそれはかなり昔から続いているようでね。文字としての記録を紐解くと、記録が始まった初期の段階で既に異世界人の存在を確認できるほどだ」
「場所にも時期にも波はあるがね。おまえの前は隣の大陸に三年前。その前は六十年前、現在は我が国の領土となっている亡国に現出した」
この時点でもう既に初めて聞く情報が。
聞いたことあるかも……って話もあるけど、ロベルトじゃなくてこのにいさんからちらっと聞いたことの気がする。おのれロベルト!
ていうか、メモ。メモしたい。
今はまだ許容内にあるけど、そう遠くない未来に私の頭は飽和する。予言する。
「彼らはね。僕たちに知識を、技術をもたらしてくれた。そのおかげで今のレニヴェースがあるといっても過言ではないんだ。だから僕たちは異世界人に対して敬意を抱いているんだよ。……けれども、ね。彼らは決して、有益なものばかりをもたらしてくれたわけではなかった」
「恩恵によって争いが生まれ、もたらされるかもしれない恩恵を求めて争いが生まれる。この、実に馬鹿馬鹿しい連鎖は、異世界人がいなければ生まれることはない。そう考える者たちも少なくはない」
「アーネスト……もう少し、言葉を選ぼうか……?」
「失礼。率直に申し上げた方がこの者のためかと思いまして」
…………うん。率直に刺々しいです、ね……。
お前らが来て余計なことしなけりゃ余計な争いは起こんねーんだよ、この馬鹿。っていう副音声が聞こえてくるようだよ……。
「……そのような考えを持つ者たちによって、実際に害された異世界人がいたからね。そのために、保護を目的とした法が作られた」
「といえば聞こえはよいが、実際は保護というよりも監視の意味合いが強い。知らぬうちに余計なことをされぬように」
「…………アーネスト……」
にいさん、とうとう頭抱えちゃいました。はっはっは。私も抱えたい。
ここまで率直に言われると、もはや清々しいです。うん。甘い部分だけ聞かされて、真実を隠されるよりよっぽどいい。
私の心情部分なんてどうでもいいって思ってるから、ここまではっきり言いにくいこと言えるんだろう。そういう人ってけっこう貴重で重要だ。自分のことどう思われてもいい、完全なる第三者ってやつ。なかなかいないよ、こういう風にずばって言ってくれる人。
私、この人、信頼はできないけど信用はできる。
……こ、怖いけどねっ。心臓に悪いし、絶対好きにはなれないけどね!
「異世界人には共通点が二つある。あくまで、これまでの者たちにおいて、の話だが」
とうとうアーネストさんが主導権を握ったようです。
にいさんがんばれ。負けるなー。
「これまでに、元の世界に帰れた者はいない。――ただの一人も」
思考がね。
やっぱり、止まっちゃうね。
『あんたは帰れないから』
これは、確かにロベルトにも言われた。
あらためて言われると、重い。
帰れないってことは、私は、この世界にずうっといるってわけで――
うん。
重い、な。
「そしてもう一つ。――ユファリス・スノーベル、おまえに問おう」
その声は思いがけなく、王様。
自然と下がってしまっていた顔を上げると、なんだか意地の悪そうな――ガキ大将がそのまま大人になったような王様の顔が見えた。
「元の世界に帰りたいか?」
なんでそんなことを訊くんだろうと、思った。
そんなの決まってるじゃぁないか。
帰りたいよ。
当然だ。私の生きる場所はここじゃない。ここは、あんたたちの世界。高さが違うんじゃないかって思うほど、高く抜けたそらを持つ世界。
私が知ってるのは、どんなに青くてもいつだって灰色の霞がかかっている、汚れてしまった世界のそらなんだよ。
それに、うちでは……空が待ってるんだ。
仕事だって何の連絡もしないで休んだらみんなにものすごい迷惑かけるし、社会人としてそれは駄目だろう。無断欠勤とかありえない。
行方不明扱いなんて、家族はどれだけ心配するんだろう。
それなのに……なんで、だろうね。
私、おかしい。
おかしいよ。
王様に問われるまでの、今までに。『帰りたい』なんて言葉も、気持ちも。
ひとかけらも湧きだしてこなかったなんて。
「問われない限り、帰りたいという思いを、願いを抱くことはない。
それこそが二つめの共通点だ。ユファリス・スノーベル」