盾なりし知識、枷なりし特質18
顔の横を、枕が勢いよく通りすぎてゆかれます。
……あ、あと10センチ右に立ってたら直撃してた!
って、枕の着地点を目で追ってる間に第二弾きたーっ! もしかしてこっちが本命で、第一弾はフェイントだった? だって二つめの枕、クルセイドさんの顔にきれいにクリーンヒットしたから。
……ぼたっと落ちた枕の下から、目を閉じて口角を引きつらせていらっしゃるクルセイドにいさんのご尊顔がご登場。いやいやそんなお顔も素敵ですね。
あれはきっと羽根枕だから痛くないと思うんだ。ぼすっ、っていう鈍い音から考えてもそれほどの破壊力があったとは思えないんだ。
だから許してやりなさい。
お姉さんはですね、美少年と美少女をどちらか選べと言われたら迷いなくかわいい女の子の方を選ぶのですよ。
それがたとえ、ドア開けた瞬間を狙いすましたかのように枕を投げつけてくるような女の子であっても。私に直接、被害がおこらなければよし。
「また、約束をお破りになられました、ね…………今度という今度は……もう、クルス兄さまの顔なんて見たくもありません。どうぞお引き取りになってくださいませ!」
うんうんかわいい女の子は怒った顔もかわいいぞ。
この思考回路、どっかのオヤジや節操ない男の台詞みたいでやだな。でも事実は事実。眼福。この世界、心はまったくもって休まらないけど目だけはどうして癒される。
「あのねぇ、そんな大声出したらまた」
「聞きたくありません。で、て、い、っ、て、ください、ませっ!」
ピッチャー振りかぶってー……。
「ぅぶふっ!」
ナ、ナイスコントロール!
惜しむらくは的が違うってことくらいで。それってノーコン……いやいや違うさ。
……当たったんだよ悪いか! 第3弾がくるとは思わなかったんだ!
被害、被ったけど…………やっぱり可愛いものは可愛いんだい。
「申し訳ありません……。お顔、大丈夫ですか……?」
大丈夫ですよお嬢さん。あなたと違って元から大丈夫じゃない顔ですから。
……だからそういうことを自分で言っちゃうところがダメなんだって! こんな自虐ネタ、初対面の素直そうな年下女の子に言っても困らせるだけだからー!
「平気ですよー」
というわけで、へらっと笑ってごまかしました。曖昧な笑いってホント盾だ。ここにきてからますますその思いが強まります。
「でも、その……」
クルセイドにいさんとおんなじ色の、それよりもくりっとした赤い目が私の鼻のあたりにロックオン。泳いでるけどロックオン。……鼻、赤くなってんだろうなー。うぅ恥ずかしい。
それにしても。
もー、ホントにかわいいなー!
なんとなく頼りなさげなみずみずしい目元とか、ゆるーく上を向いてるなっがいまつげとか。
お人形さんよりお人形らしいのにその実お人形さんらしくなく感じるのは、生気あふれる……とはちょっとばかり違うな。存在感の違いだろうか。そ、それとも若さ? 若さなのか?!
私、この世界に持ってこれたものの中で一番に感謝しないといけないのは、メイクセットと目薬だと思う……。
……はっ。だ、だめだ。いつの間にか思考が下を向いている!
「クルス兄さま」
甘えっ子がちらっと上目づかいを!
あぁ無理! あんな目で見られたら、あんな声でおねだりされたら、お姉さんはなんでも言うこときいてしまうよ! よかった下にいたのが小生意気でかわいくない弟だけで。……まさか、かわいくない弟の存在に感謝する日がこようとは。
「だめ」
「……意地悪です」
「この程度のものに治癒魔法を使っていたら自己治癒力がなくなってしまうって、何度言えばわかってくれるのかな」
「そんなことわかっています。ただ、今は、とばっちりを食わせてしまったクルス兄さまが何らかの形での謝罪をするべきではないかと思いましたの」
この話の流れは、あれですか。
妹ちゃんはこのこすれて赤くなったって程度の私の鼻を魔法で治してもらおうと、にいさんにおねだりしてるのか。
そりゃ、ないな。うん。ない。
にいさんが呆れるのもわかる。
そしてこんな思いがけないところで、魔法っていう便利能力も万能じゃないってことが発覚しました。
そりゃねぇ……よくよく普通に考えれば万能なんて力、あり得るわけないもんねぇ……。
「ミリア」
お兄ちゃんの顔になったクルセイドにいさんの声が、さっきまでよりいっそう厳しいものになりました。
「そんな的外れなことを考えるより先に、するべきことがあるんじゃないかな」
「…………はい」
可愛くて甘えっ子で、ちょっとわがままだけど素直って……それってどんな理想だけど実際にはいるわけない妹ちゃんキャラなのか!
いたよ……理想の妹、ここにいらっしゃった……!
うぅぅぅ、ぜひとも私の妹にして可愛がって甘やかしてやりたい! 年の離れた妹がほしかったよお母さんー!
「初めまして、ユファリス・スノーベルさま。わたくしはメルギス国王第二子、ミルフェリア・ラナ・メルギスですわ。この度のご無礼をお許しくださいませ」
妹ちゃん、ふわっとしたスカートをつまみ上げて優雅にお辞儀をなさいました。
お、おぉお……? 私はいったいどういった対応をすればよろしかろう??
「え、あ、はい。お、お気になさらず、ミル……」
「どうぞ、ミリアとお呼びください」
にっこり笑顔。
お花が咲いた。
……………………ぐはぁ! か、可愛いよーっ!
ど、動悸が……!
こんなにも可愛らしい生き物が存在してよいものなんだろうか。いや、よくない。
もし家族の中に存在してたら心配が尽きない。絶対。誘拐されちゃわないかとか、悪い男にだまくらかされないだろうかとか。この思考回路、娘バカなお父さんみたいだな……。
しっかしお姫様ですか。お姫様かー……。私とは違う生き物なのも納得だ。
にいさんと同じ色の髪とか、ふわっふわのさらさら。どんな手入れをすればああなるというのか。
あれか、どこぞの時代の王妃様だかがホントにやってたっていう卵髪パックでもやってるのか。
生みたての卵黄だけを使ってたっていう、そんなことに使うんだったら食っとけよってツッコミたくなる美容法、効果のほどが確かならやってみる価値はあるのかも……って、やらないけど。やっぱもったいない。もったいないお化けに呪われたくない。
同じって言ったらあの王様とも同じなんだけどね、髪。
待て。
お姫様ってことは、この子は立派に俺様王様の娘さんか。似てないな! よかったこの子はお母さん似!
……もいっこ待て。
お兄さんじゃないじゃん!
クルセイドにいさんが王様の甥っ子ってことは、従兄妹でしょきみたち。結婚だってできるんだぞきみたちは。この世界のこの国の法律でどうなのかは知らないけども。……いいのか? 兄弟同然に育ったってことでいいのか。
「で、では私のことも、ユイと」
「……よろしいのですか?」
よろしいですとも!
「わかりましたわ。――ユイ姉さま」
……うん。
私、ちょっとした欲張り心を持ってはいたのです。もしかしてこの子、『さま』をつけて呼ぶんじゃないかと思ってはいたのです。期待も多大にしてました。
ごめんなさいレクサーヌさん。
私は一足早く、可愛い妹ちゃんお姫様から『姉さま』なんて呼ばれてしまいましたー! 嬉しすぎる想定外展開っ!
「ところでミリア。僕はきみに彼女の名前まで伝えた覚えはないのだけれど。それはいったいどこからの情報かな」
「あら。情報なんてどこからだって入ってきますわ」
とっても楽しそうに微笑むミリアちゃんの手が耳に触れる。緑色の……イヤリング?
かなり凝った装飾の耳飾りが細い指先に遊ばれて、かすかに光った。
同時に、ふわっとやわらかい風が髪を撫でていった気がして――窓も、扉も、閉じられているのに。
すきま風なんてものではないだろう。お姫様の部屋にすきま風なんて似合わないし、許されないに決まってる。
なにより、あたたかい風だったんだ。
例えば……そうだなぁ、わりと最近建てられたりリフォームされたお店のトイレにつけられてる、ぶぉーって手を乾かすやつ。あれのそよ風版。
例えがひどすぎるなんて言わないで! 私も思ってから内心で顔引きつったんだ!
と、とにかく……なんだったんだろね?
聞き分けのない子どもに手を焼いてる年長者の顔。
クルセイドにいさんは、悪戯っ子をもてあましてるけどやっぱりなにも言わないわけにはいかない、そんな顔で、声色で。
私より年下のはずなのに、とても、この上もなく大人だなって。
そう思ったんだ。
今に至るまでのにいさんの道はどんなものだったんだろう。訊いてみたいけれど聞いてはいけない気がして。そして聞こうとする勇気も、私にはまだまだ持てそうにない。
「『聴いて』たね?」
「それがわたくしのお仕事で、そして趣味を兼ねていますもの。当然です」
ミリアちゃんはまったく悪びれずに微笑まれております。なにが悪いんだか、そもそも悪いことしたのかすらわかんないけど。
えぇと、聴いたことのなにが悪いと……?
「淑女のすることではないね」
「部屋から満足に出してももらえないというのに、この程度の悪趣味すらも許していただけないのですか」
「……謁見中の話も聴いていた?」
「いいえ。試みましたがさすがに無理でしたわ。今回もアーネストにいともたやすく弾かれましたもの。風が途切られる間際、鼻で笑われた音だけがわざとらしく聞こえてきましたわ…………相変わらず陰険な」
「ああなるほど、……って、今回『も』なんだね」
話が!
話が見えません! おいてきぼりはそろそろ慣れてきましたが、いいかげん嫌になるよ?!
とりあえず私にわかるのは、ミリアちゃんもアーネストさんのことが嫌いなんだねってことくらいです。敵が多いねアーネストさん。