盾なりし知識、枷なりし特質19






 この世界の魔法っていうのは、全部が全部属性を持っているんだって。

 小さいときには全部の属性が使えるんだってさ。
 でもそのままだと正直使えないヤツだから、だいたいみんな、得意なものとか使いたいものとか将来を考えてとか、いろんな理由で属性を選ぶんだとか。
 広く浅くじゃやってけないから、狭く深くを追求したってことだ。うん、そう考えるとわかりやすい。発展した文化の中じゃ、万能型より専門型の方が求められるもんね。万能型って最初は重宝するけど、終盤になると待機組ってパターン多いもんね……って、なんの話だ。

 んでその属性の中にもまた多岐に渡る性質ってのがあって……ここらで挫折しかけたんだけど、持ち直しました。説明係の根気強い優しさに、あ、ちょっと涙が。人の優しさが心にしみる。

 ミリアちゃんは彼女自身が持ってる風の属性を例に説明してくれた。

「風、と言われて、どのようなものを連想されますか? 漠然としたイメージでもよろしいですし、言葉でも」
「……えー、と…………?」

 簡単なことほど、突然言われると出てこない。え、そうだよね?!

 ここまでダメダメな生徒とは思わなかったのか、ミリアちゃんを困った顔にさせてしまいました。そこ、目線で助けを求めた妹ちゃんに「自分で説明つけなさい」みたいに微笑んでるんじゃないよー! 助け舟くらい出してよ。
 って元は私が悪いんですよねううごめんなさい。
 頭の弱いお姉さんでごめんなさい!

 とりあえず、さっきのほんわりとした風がミリアちゃんのものだったっていうのはわかりました。説明されりゃそれくらいわかるよ私だって。

 ええと、風。風ね……! いかん。頭の中で繰り返してたら『風邪』のニュアンスが強くなってきたぞ。いかんいかん、一度強くなったら離れなくなった。どっかいけ『風邪』!
 で、風邪がどこか飛んでったと思ったら、今度出てきたのは扇風機とかエアコンとかドライヤーっていう文明の利器でございました……通じないよ!

「えー…………台風、突風、とか……」
「ずいぶんと攻撃的なイメージを仰いますのね」

 仰いますともお嬢さん。それくらいしかあなた方にわかってもらえそうな風が浮かばなかったんだ……。

「風の中には今ユイ姉さまが仰られたような純粋な風の他に、空間、大気、音、不可視の流れなどという性質が含まれるのです。もちろんこれらもまた一例に過ぎません」

 ふむ。なんとなくわかってきた。
 カテゴリの中にある類似項目の数だけ種類があるってことか。
 待て、それはつまり無数ってことじゃ……。使い方とか使う人の性質によって千差万別ってことは、そうだよね。同じつもりでも実は全然違うっていう。……個人差万歳。万々歳。





 ところで、なんでいきなり魔法講座になってんのって話だ。
 隠すことでもない。

 私があんまりにも「???」って疑問符を頭に飛ばした顔をしてたものだから、クルセイドのにいさんが言ってくださったのですよ。「彼女の元いた世界には、魔法がなかったそうだよ」って。
 それに対するミリアちゃんの反応は、「あ、そういえばそうでしたわね」……。なんで知ってるんですか、クルセイドにいさんはロベルトに聞いたんだろうけど。にいさんが頭を抱えてるから、彼女はコレ知らない方が正しかったんだと思うんですよ。

 で、「それでしたら私が説明してさしあげますわ!」なんて話になっちゃって。
 疑惑をはっきりさせる暇もなく、魔法講座始まっちゃったわけでございます。はぁ……メモ用紙もとい手帳が手元にないよー……。



 でもこの先生役の優しいこと優しいこと。
 心に優しいだけじゃなく目にも嬉しい。『アレ』と比べりゃ誰だって聖人君子になれるかもしれませんがね。……すみませんそれはちょっと言い過ぎました。でも、だって、今まで……っつっても数日間だったけど、今まで不機嫌で質問に真面目に答える気のない兄ちゃんとほぼ二人っきりだったんですよ?!

 ……アレと比べりゃ、誰だって……!



「ちなみに私の風は『音』ですのよ」

 先生、にっこにっこと楽しげなのは結構なのですが……意外と噛み砕いてくれてわかりやすいんですけど、その……ですね…………。そろそろ……。

「私の場合はイヤリングが魔法具になっておりまして、これを媒介に――」
「ミリア。そこまで」

 ちょ、また新規ワードが出てきたよどうしようこれ以上は許容オーバー! って思った傍からやっとこさ出された助け舟に、私は慌てて乗りこみましたとも。

 無理。
 これ以上は無理です。荷物置いてあるロベルトのお家に戻ってから思い出してメモできる範疇を超える。てか既に超えてる。

「彼女はここに来る前に叔父上に疲れさせられているからね。続きはまた後日」
「……お父様は、今度はなにをしでかしたのです……」

 お、お嬢さんお嬢さん、そんなに落ち込まないでくださいな。
 なにをしでかしたとか実際そんな大したことはしてないですよ、あなたのお父さんは。ただちょっと、雰囲気のアップダウンとインパクトの強さにあてられて精神的に疲れたというか。

 ……うん?

 そういえば俺様王様になんだかとっても重要事項、引っかかることを言われた気がするけども……なんだったっけね?



 …………うん。
 まぁいいか。



「後日が、あるのですわね?」

 あ、必殺上目づかい再び。
 あれね、きっとクルセイドにいさんより私の方に効力があると思うんだっ。だってにいさん動じてないもん。そこは動じとけ、従兄妹とはいえ男として! あれ? 私、女だけどな……?

「あるよ。約束」
「どうでしょう。クルス兄さまはつい先だっての約束を平気で破られて、謝りもしておりませんから」

 そういえば言ってたっけね。枕投げしてきた時に約束破ったのどうのって。

「……なんの約束か私は知りませんけど……謝った方が、いいと思いますよ」

 助け舟、出そうと思ったんですよ。
 出したんですよ。



 なのになんで、そんな微妙そうな視線を二つも貰わなきゃいけないのさーっ!



 えっ、なに?

 ホントなんで?!


「え、えぇ……と」

 目が、またしても目が泳いでるよミリアちゃん。その横でイトコ様は目を伏せていらっしゃる。おい、だからなんだその反応。

「うん、ごめん。すまない。僕が悪かった許して」
「え、あ、はい。許します」

 なにこの不自然な会話。不自然な笑顔。

「じゃ、ユファリス。そろそろ迎えが来てるから行こうか」

 だからなんだっつのこの疎外感は。
 私なんか変なこと言った?! 言ってないよね! 普通に謝った方がいいよって提案しただけだよね! それともなにか、私にはその権利もないってか。どうなんだそこんとこ。















 ……どうしてこうなる。

 いや、どうしてと自問するのは愚だ。これは想定されて然るべき結果。むしろならない方が想定外である気がする。

 あれをやっては、こうなるだろう。



 メルギス最高権力者の片腕からの辞令断固拒否なんぞをやらかせば。



 とはいえ、あれだけで地下室拘禁とは恐れ入る。
 流石はメルギスの魔法使いの頂点ルーシェ家当主、絶対零度の魔法師団長。あんなのの副官をやっている兄の気が知れない。あの人の胃痛が持病になる日はそれほど遠くないだろう。



 俺は最初から、やらないと言った。
 いや、本当の最初は自分から申し出たくらいだったが……それとこれとは話が違う。別物だ。確かに目的のための手段ではあろうが、その手段だけは嫌だ。御免だ。拒否する。俺がなんのために一介の研究者になったと思っている。なにが義務だふざけるな。

 国益? は。知ったことか。
 そんなものは勝手に貢献したいやつらに任せておけばいい。一時的ながら、いっそ転覆してしまえなどというやさぐれた思想を持っているやつによってもたらされる益に、なんのありがたみがある。あってたまるか。

 このやり場のない鬱憤をどう晴らせばよいものか。
 気晴らしになる物でも持ち込めればよかったが、紙とペンの携帯すら許されなかった。どこまで陰湿だ。子どもの顔が見てみたいものだ。



 大いに真面目に熟考して弾きだした方法は、レベルでいえば原始並み。実に簡単な解消法だ。やり場を作ればいい。
 それはいわゆる、物理的八つ当たりという。


 思い立ってみたからには実行しようと立ちあがり。



 がごぉん――っ!!



 渾身の力を込めて扉を蹴っておいた。





「〜〜っ……!」





 ……自爆は想定の範囲外……だった。

 声すら出ないとはなんたることか。



 音の断片しかつくらない喉を震わせながら、脛を抱えてうずくまる。

 これを体で表現せずになるものか、などという衝動に従い、ほぼ無意識的にばしばしと床を叩きつける。そんな自分が嫌すぎる。惨めすぎて腹立たしい。

 床に訴えてどうする。
 どうするもこうするも、そうする以外にどうしようもないのだからそうするしかないだろう。開き直るんじゃない、と自分を白い目で蔑みたくて仕方ない。

 ついでに言えば今の音で誰も来ないのは何なのか。放置か。しまいには脱獄するぞ。……無駄な労力を使うだけであることはわかりきっているので、しないが。








 とりあえず。



 もう二度と、本気で、生身で物に当たるものかと心に誓った。





   2010.7.5