盾なりし知識、枷なりし特質22
「きみたち二人に求めることじゃないってわかってる。わかってるけどね。敢えて、問わせてもらってもいいだろうか。この機会に是非とも」
「あ゛ん?」
「なにを」
……こわっ!
見事にハモった。言葉はまったくハモってないけど、タイミングだけが絶妙に。お二人さん、気が合うね。雰囲気だけでもう気が合ってるっていうか。思考がわかるようで意図がよくわからない無愛想ロベルトと、私が偏見をもって勝手に抱いてるAB型の典型例みたいな姉さんは。
世の中にいらっしゃるAB型の皆さんごめんなさい! 世界中の人間の性格を、たった4種類の血液型で分類しようだなんて、それってどんなどんぶり勘定的な分別だ、と私だって思ってる。思ってるんだ。
でも実際、傾向としては……わりと当たってるんじゃないかと…………思うんだ。うん、あくまで傾向、傾向の話ね! この世界にAB型があるかどうかの問題は別としてね。
それにしても、あのキッツいハモりにぴくりとも動じませんね、この人。ほわーんとした癒し系の、でも理屈っぽそうな兄さん。
えぇっと……なんだっけね、名前。この兄さんの名前は。
…………。
うん。
ごめんなさい出てこない!
い、いいよね? 自己紹介されて覚えてないわけじゃないもんね?! あとでちゃんと名乗ってくれるのを期待する。期待させて。
「客を招き入れた時の対応というのは、世間一般でどういう行動にでるべきか……きみたち、知ってる?」
「用件を聞く」
「実験対象として招き入れる」
…………どうしよう。
先に答えたロベルトが、たいへんに普通の人に見えてきた。
この姉さんと比較すると普通の人種としてカウントしていいような気がしてきた!
「ロベルト惜しい。ピアスは論外」
「えーなんでー」
「なんでじゃないよ。僕が聞いてるのは招き入れた時の対応。招き入れるための条件じゃなく」
「うちの研究室にすすんで入ってくるようなモノ好きなんて、実験対象くらいのもんでしょ?」
だっから、なぜそこで私を見るのか!
ちがう、私はモノ好きでもなければ実験対象でもありませんよ! 連れてこられたの。よくわかんないけど連れてこられただけ…………、って。
…………おい。
「まさか」
ねぇっ? ちょっとっ!!
あ゛ぁーっ! ちょっ、な、なぜっ! なんでそこでおまえは目を逸らすーっ!! ローのやつぅーっ!!
おまえ都合が悪くなるとすぐ目を逸らすんだね! そういうとこはわかりやすい。そんな発見、今ほどどうでもいいことはない。
実験? わ、私、実験対象?!
なんで!
なんの実験ーっ?!
やだ、ちょっと、お姉さんの私にロックオンされた視線がおどろおどろしく見えてきたのですがっ!
た……退路…………退路、は……。
ローと、お姉さんを迂回して行かないと、辿りつけ、ない……っ。
「あのねピアス。ロベルトもね。一般常識と礼儀を兼ね備えている人間はね、客が来たときや招いたときに、上等なお茶を振舞うものなわけだよ。というわけで僕にもお茶」
この人、常識人だ!
この事実を発見したときの私の安堵をわかってくれるだろうか。わかってほしい。さぁこの喜びを一緒に分かち合おうではないか! ……ってくらいの安堵!
この人ならきっと、私をモルモット扱いしないはずだ。
きっと。
たぶん。
一瞬頭をよぎった、『類は友を呼ぶ』なんて格言は知らなかったことにするんだ。お願い、させて。
「あれだけ普段から入り浸っておいて、よく今さら客だなんて言えるよね」
「そっちにお茶っ葉あるから、いつもみたいに勝手に淹れれば? あ、ついでにあたしの分も。濃いめで砂糖5つ」
「俺は8」
「あ、そうだ。そろそろ室長も戻ってくる頃だから……室長、砂糖いくつだっけ?」
「たしか6」
「そだっけ。じゃそれで」
あんたらみたいな甘党は糖尿病にでもなってしまえ!
……すみません。誤解を招く前に訂正します。
糖分の過剰摂取だけで糖尿病になるわけじゃありません。むしろ先に心配するべきは虫歯です。歯磨き、大事だよ!
ていうか、そんだけ入れたらもう砂糖の味しかしないだろう……。
「あぁ、そう。そうなんだ。きみたちはつい昨日、くそ寒い派遣先から帰ってきたばかりの友人にそういうこと言うんだ。へぇー、そう。せっかく人が、こんなレアモノの魔石手に入れてきてやったっていうのに……そういうこと言うんだね。ふぅん」
こんな、と言いながら兄さんがポケットから取り出したのは、うん? 石?
手のひらにころんと収まるサイズの……石じゃないな。ちっちゃい結晶みたい。あれ、あれに似てる。海岸でよく見つかるあれ。中途半端に波に打たれたガラスのカケラ。
綺麗に丸まったやつなら危なくないんだけど、そうなる一歩手前の、子どもには危ないから拾っちゃだめだよって注意が必要な感じのガラス。あれにそっくり。ちっちゃいとき、海水浴場でよく拾って集めたっけなー。正直、今の私にはなんの魅力も感じませんがね。
しかし私以外にはすさまじい威力を持っていたようです。
「う゛あっ! そ……それはっ、あたしがずっと探してた……っ!」
「あ。それって積雪地帯でも、いくつかの条件の揃った特殊な環境下でないと見つからない、氷の天然結晶魔石?」
え、なにこのお二人さんの激しい食いつき。
魔石? それって……ロベルトの杖の先っちょについてる、アレ?
それにしちゃ形がずいぶん違う。あ、属性によって違うとかそういうの? それとも天然、だから? ……うーん、考察するには知識が足りない。
「そうそれ。珍しいよね、ここまでの大きさとなると特に。どうしようかなー。僕が持ってても宝の持ち腐れだから、欲しがってる人に譲ってもいいかなーと思って持ち帰ったんだけど……」
「はいはいはいっ! ここ、ここに欲しがってる人、いるーっ!」
「そういえば西棟3階が、蓄積容量の大きい水属性の触媒探してたっけ。今からそっちに行って」
「カイリさん! 砂糖はおいくつでしたっけ?!」
「僕は2つ。きみは砂糖いくつ?」
「……なしで、お願いします」
「だってさピアス」
にーっこり。
えぇと、兄さんや?
そのほんわり笑顔にそこはかとないうすら寒さを感じてしまうのは、気のせいではあるまいね?
常識……常識とこの姉さんの転がし方はよく心得てるようですけど。
なにかが……私が求めてた常識人とは、なにかが違う……っ!
レアモノの魔石とやらを手に入れてほくほくの姉さんは、ピアスレット・シュヴェルテ。
腹黒の匂いがぷんぷんの兄さんはカイリ・フロイズ。
まさかそんな紹介をしたわけではありません。普通の自己紹介でしたよ!
その途中でおいでになって、「あとでまた!」と紅茶を一気飲みして消えてった室長さんとやらの名前は不明。みんな室長としか呼ばないんだもん。いいよね、私も室長さんで。
「それじゃユファリス……じゃなくて、ユイ? の方がいいんだったかしら?」
このピアスさん、驚くべきことに私と同い年でした。24歳。
なんとなく言いだしづらくて、口にはできなかったんだけどね。……言えないよ! まじまじと見比べちゃったもん。言えない!
「できれば」
正直なところあんまり美味しいとはいえない紅茶を飲み下して。最初に飲んだロベルト製の紅茶の方がマシかもしれません。クルセイドにいさんの紅茶と比べるのは……比較するのも失礼な気がするのでしませんよっ。そう言ってる時点で違う方向に失礼だな!
「うんうん。了解。んじゃユイ、さっそくだけど始めましょっかー」
「……なにをですかーっ!」
実験? 実験なの?!
だからなんの! なにを始めるというのか!!
ピアスさん、あれー? って顔してロベルトに視線をスライド。
…………おまえか……。説明不足という諸悪の根源か……!
「説明するの面倒だったから」
「あたしに片付けろって説教する前に、することがあったんじゃないかしらぁ?」
ピアスさん、目を細めて唇の端を吊り上げて、それはそれは意地が悪そうな笑顔をお作りになられました。
なんだか最近会っただれかさんを彷彿とさせられるのですが。あれ? だれだろ。これ絶対に最近会った人に似てるんだけどな。うーん……?
「それとこれとは別」
「あたしの信条! 実験対象には一応の事前説明! はいよろしく」
「自分でしなよ」
「いやよ面倒くさい。あたし以上の適人がいるもん。適材適所。ていうかロディが委託された研究でしょこれ」
「この件の担当はピアスだから」
「だからぁ、それを言ったら責任者はロディでしょってば」
……なにこの説明の押し付け合い。
そこ、譲り合わないで。せめて当人のいないとこでやってくれ。不安が増すから! ていうかやっぱり実験なんですね。……なんのだよ?!
あぁピアスさん。面倒くさがるくらいなら信条にするでないよ!
「二人で説明すればいいんじゃない?」
のほほんとお茶を啜りながらの鶴の一声。カイリさん、ナイス提案。でもずるい、一人だけ外野で楽しそう!
「…………カイリさん」
「僕は部外者」
お互いの語尾に、ハートマークが見えるようです。
そこまで説明がめんどくさいのか……。
この応酬の間に説明くらい終わってるんじゃないか、なんて心の叫びは、このトリオには聞こえないんでしょうねぇ……っ。