あの、質問いい?

 おれはどーしてこんなことをしてるんだって話。

 何って、草むしり。他人の家周りの。
 しかも森の中の小屋だから、草、ハンパないんですけど。きりがないんですけど。

 見渡す限り、草、草、草。たまに木。あと落ち葉。
 やば、頭くらくらしてきた。こんなに植物が憎らしいと思ったことないよオレ。

 コレ、する意味なくね?
 そんなツッコミだめ?

 え、だめですか。そうですか。




紅き魔族 2






 黙々と草をむしっていたディックの土に汚れた手が、ぴたりと止まる。
 そしておもむろに立ち上がり。


「っだー!! やってやれっかーっ!!!」


 天を仰いで叫んだ。

 陽光がさんさんと降り注ぐ。空は、目に痛いほどの晴天だった。




『小屋周りの草を根元からむしって、この籠に入れること。土はちゃんと落としてね。いっぱいになったら入ってきなさいな』

 はいこれ頑張ってと渡された籠は、ディックの両手で抱えきれない大きさで。しかも深さも半端ない。彼がすっぽり中に入れるほどだった。

 笑顔の威圧を放った後、リィンは無情にもぱたりとドアを閉めてしまい。ディックは文句を言う暇も与えられずに呆然と立ち尽くした。
 とんでもない大きさの籠を前にして。







 一週間前。
 それが、草むしりの元凶にディックが出会った日だ。

 よく意味もわからず結んだ契約が効果を失くしたと思ったら、菓子の持ち帰りについての「好きになさい」の一言がこんな結果を招くとは。ディックは思いもしなかった。

 『帰らずの森』で迷っていたのを助けてもらったのは事実。
 それに事情はよく飲み込めないが、リィンの知り合いが呪いを解いてくれたそうで『帰らずの森』が帰らずではなくなったのがわかったのも彼女のおかげだ。
 ディックの母をはじめとした原因不明の病気が何であるかを突き止めたのも。

 加えて、薬の商売を始めた彼女は村全体に歓迎された。
 今までこの村で薬といえば、産婆が若い頃に見よう見まねで作り方を知ったという怪しいものか、行商人が運んでくるものくらいしかなかったのだから当たり前。そこに本職の薬師が腰を落ち着けようというのだ。村を挙げての大歓迎ムードになるのは当然のことだった。
 しかも彼女の薬は多種に渡り、その効果も抜群だった。

 腰を痛めた働き盛りの男たちの腰痛が嘘のように軽くなったり。
 季節の変わり目になるとひどい咳を繰り返す子どもが、薬を飲んで「苦しくなくなった」と母親が歓喜し。
 手の震えが止まらない元教師の老婆が、すらすらと元のように流麗な文字を書けるようになったり。

 小さな村だ。評判が知れ渡るのは早かった。
 最初は彼女の滅多に見られない美麗な容姿に好奇の目を向けていただけだった者たちや、見るからに見習いのような女の作った薬など信用しないと断言した者たちまでもが、こぞって薬を求めた。そしてその効果を身をもって知ることになったのだ。

 既に今では、彼女が村に来ると周りに人だかりができるまでになっている。
 彼女はわずか一週間の間に、完全に村に受け入れられていた。

 薬師としての確かな腕。

 それが『元・帰らずの森』の小屋に居ついた変人だとしても、辺境の村には十分すぎる恩恵だった。







 だがしかし。
 穏やかな物腰の美人と評判高いリィンが実は非常に横暴な人物だと知る少年がここにいる。

 リィンは明言通り、菓子代をかたにディックを雑用係に任命した。
 村での仕事は薬を袋詰めしたり、勘定などを手伝わされるくらいの簡単なものだ。
 それでもディックは理不尽を感じなくもなかった。なにせ一緒に村に来ているセレンが、何もしないで後ろで笑っているだけなのだ。しかもリィンはそれを咎めもしやしない。
 文句を垂れるなという方が間違いだろうとディックは思う。

 そして昨日、帰り際にリィンは翌朝自分の小屋に来るようにと言った。自分は明日は村には来ないからと。

 呪いが解けたとはいえ、ディックは『帰らずの森』で迷いに迷って行き倒れ寸前のところまでいったのだ。進んで行きたくはなかったし、なにより一人で辿りつけるとは思わなかったので断固拒否した。
 だがリィンは笑いながら森の方角を指差した。

『迷うことはないわよ。ほら、見えるでしょう』

 その指の先に見えたのは、緑の海からほんの少し突き出た大木。

 あんなの絶対なかった。少なくとも一週間前まではなかった。
 唖然とするディックにリィンは言い放った。

『あれを目印にすれば大丈夫よ。明日の朝食後すぐにね。遅刻したらペナルティ加算するから、そのつもりでいなさいな』

 そしてディックは目印を見失うことなく、おまけに少しも迷うことなく小屋に辿り着くことができたのである。

 ディックはリィンのもう一つの性格を誰かに話す気にもなれなかった。
 信じてもらえないのは明白だし、話したとしてそれが彼女にばれたら今度は何をさせられるかわかったものではない。




 今だって文句を聞いてくれる人はいない。
 だからディックは小屋の軒下で丸くなる猫に矛先を向けた。

「お前、暇なら手伝えよな」

 まるで監視でもするように居座っている一匹の黒猫。彼が外に出てくるよりも前にいた先客だ。

「こっちは猫の手も借りたいってのに」

 ぶつくさ言いながら、ディックはぶちぶちと草むしりを再開する。
 猫はそんなディックの独言を余所に、くぁ、と大あくびをして、緑色の瞳を眩しそうに細めた。




   2009.6.17  (改訂)2010.2.28