人相も悪ければ柄も悪い男たちがずらりと居並ぶ様は圧巻。
ではあるが、ひとりないしふたりに対しこれだけの人数を揃えてくるとなれば、臆病者の集団と言っても過言ではない。
一般的にはどう贔屓目にしてもお近づきになりたくない種類の人間だ。
しかし、リィンにしてみれば本気で怒ったファルやセレンの方がよほど怖いと思うのだ。ふたりとも相手の心に食い込んで離れない、そんな後遺症を残すような怒り方をしてくれる。滅多にそこまで怒らないが、あれは心臓に悪い。
レナードは逆で、怒ると可愛い。ディオンは時々わざと怒らせてるような節があり、そういう感性は彼女と似ているようだ。
「部下の一人も連れずに、こんなノコノコ現れるたぁいい度胸……いや、ただのバカか?」
いや馬鹿はそっちでしょう、リィンは声には出さず口だけを動かした。
幅広の剣を肩に担いだ頭目らしい男。生理的に受けつけない人間が多いであろう厭味な表情だった。
本来なら、絶対的な覇権を握る海の一族の足元にも及ばない烏合の衆だ。
手の届かない場所にいるはずの獲物が組織から離れ、孤立無援となっているチャンスに巡り合えたことで有頂天になっている、大馬鹿者。
「海の一族の長、ディオン・レオンハルト、ね。どんな豪傑かと思ってたが、実際見てみりゃ貧相なもんだ。トップがこれじゃあ海の一族も実は大したことねぇな」
「違いねぇ!」
どっと場が沸いた。
ディオンの背中が笑ったような気配を見せる。
「大したことがないかどうか……自分で確かめてみるといい」
脇に携えた剣を鞘のままベルトから外し、面倒そうに柄を握った。
潮騒の唄 7
もっと数の利を上手く使えばいいのに、と彼女は思う。
連携がまったく取れていないわけではない。しかしだれかがだれかの足を引っ張り、お世辞にも協力できているとはいえない。
そもそも一対多数の戦いにおいて、多数側で最も重要なのは囮だ。
一人を仕留めるために、囮はいくら用いても余分ということはない。相手の体勢を崩すことさえできれば、ほとんどの場合そこで決着はつくのだから。
だがこの集団の囮役、まったくなっていなかった。囮の役目を果たす前に昏倒させられているのでは目も当てられない。しかも相手は抜刀すらしていないのだ。
最後の一人を鞘の腹でなぎ倒し、物足りないといった風情で鼻を鳴らしたディオンが後ろを振り返る。機嫌が悪い。
「手伝う気すらないのかおまえは」
「うん、ない。いいじゃない? 終わったし」
「だからといって、おまえだけでなくそこのふたりまで動きもしないというのはどういう話だ」
ファルは壁に寄りかかり、セレンは床にしゃがみこむ。彼らはそんないつものスタイルで、決して穏やかでない事の成り行きを暢気に見守り終えていた。
「だぁってぇ。リィン様が動かないし、なにも言わないからいいかなーって思ってー」
ファルに至っては目を開きもしない。
「私、なんにもしなかったわけじゃないわよ。ほら。観客が出てくると面倒だと思って消音領域を作ってあげたじゃない」
言ってから、彼女は持続発動させていた魔術を解除した。この風属性の魔術はとても簡単な割には使い勝手がよい。
「夜間の騒音はご近所様に迷惑千番だものね?」
「さっすがリィン様ー。周りのことまでよく考えてるぅ」
「観客が出てくると面倒といった時点で、今の言葉の信憑性が著しく低下しているのをわかって言うか」
あからさまに視線を外す彼女たちの中で、唯一ファルだけが気の毒そうな、それでいて哀れみの目をディオンに向けていた。自分の鏡を見ているつもりかもしれない。
「……もういい。さて」
ディオンはそれ以上を諦め、地面との親交を現在進行形で深めつつある一人の男に歩み寄った。
「ひぃ……っ」
先ほど大層な啖呵を切った頭目の胸倉を掴み上げ、眼光を鋭くする。
「訊きたいことがあるのだが」
「ち、違うっ! 俺たちはただっ、頼まれただけだっ」
「ほう? 頼まれた。だれにだ?」
まだなにを訊くとも言わないうちから情報を漏らす男に、それだけで命を奪えそうな眼光が追い打ちされる。
「金髪の男だよっ! あんたがこの町に一人で来るから、そこを狙えってっ」
憐れなまでに狼狽する、これがこの男本来の姿。
強い者に逆らわない。楽で、それでいて本当は自由と程遠い、本人が望んでいたものとは遠くかけ離れているのだろう生き方。この男のなにが愚かなのかといえば、それに気づいていないことだ。
「もし成功したらどうしろと言われた?」
「し、知らねえよ…………頃合いを見て、自分が出てくるから、俺たちはあんたを無力化すればいいって言われただけだ」
「……その、金髪の男とはどうやって出会った」
「酒を飲んでたらいきなり話しかけてきたんだよ。最近、国境警備の奴らに酷い目にあわされてよ。船を潰されたもんだから、仕方ないから陸に上がって盗賊にでもなるかって話をしてたんだ。そうしたら」
「いい話がある、協力しろと持ちかけられた。……愚かだな。そんな他人頼りで穴だらけの計画で、俺を嵌めようなど」
おこがましいにも程がある、そう言ってディオンは男から手を離した。もう用はないと言わんばかりに。
逃げるでもなしに地面にへたり込んだ男に今度は、しゃがみこんで目線を合わせたリィンが問う。
「金髪の男…………名前は? 名乗りもしない人の話を信じたわけでもないでしょう?」
「そんなん覚えちゃいねぇよ!」
相手を女とみて、男はにわかに勢いを取り戻す。
「覚えていなくても……思い出しなさい? ね、思い出せるでしょう?」
彼女が浮かべたのは極上の笑顔。
ただし、男の首を小さなナイフの腹でなぞりながら。
金属の感触にさぁっと顔を青ざめさせた彼は、必至な様子で「うー」とか「あー」やら唸った後、妙にすっきりした顔でこう言い放った。
「ルタ、そうだルタとかいいやがった!」
その名前に。
リィンは思わず、呼吸を忘れた。
そして彼女は理解する。
魔術大国に籍をおくとはいえ、たかだか国境警備隊程度が海の一族の船を拿捕できた理由。
わざわざ餌をレナードに変えた理由。
数十人の魔術師を集められた理由。
その名前が出てきたことで、全てが納得できる。
レナードを餌におびき出そうとしているのは、ディオンではない。
――私か。
「…………よいことを教えてあげましょうか。あなたの船を潰した国境警備隊……動かしていたのは、あなたを唆した金髪の男よ。間違いなく」
「ん、なっ」
「ついでに教えてやろう。あいつはおまえらが俺を下せるとは最初から考えていなかった。だから成功した場合の段取りが適当だった。お前らは使い捨てられた駒だ」
「……そんな…………バカな話…………っ」
利用されていただけ。
それでも彼女は、哀れだとは思わない。彼らに自分の意志が欠片もなかったわけではない。欲に駆られて疑問も持たずに穴だらけの計画に加担したのは、確かに彼らなのだから。
「海で生きるのに疲れたのか?」
「そんなことはねぇさ! 船を潰されたって仲間はほとんど生きてる。でも金はねぇ。船さえ手に入るなら、陸に上がるなんてごめんだね」
「なら」
船を失ったからといって、全てを失ったわけではない。
彼らにその気さえあるのなら一からやり直すことはできるのだ。もっとも、地に足をつけた仕事に転じるに越したことはない。しかし彼らはそれができなかったから、そんな世界で生きている。
ディオンと、彼の仲間の多くと同じく。
「俺の船をお前たちに貸してやろう」
ディオンの姿は、きっと彼の目に王者として映った。
彼は海の王。海に生きる者に畏敬される、王なのだから。
「もっとも、海の一族のやり方を遵守することが第一条件となるが」
ディオンは甘い。
彼女は時々、そう考える。
「……あの変態、なめた真似をしてくれて…………! そっちがそのつもりなら乗せられてやろうじゃない。罠に嵌ってやろうじゃない、ええ」
ふふ、ふふふふふ。
危険な笑いが漏れるその後ろで、ひそひそと囁きあっている男たちがいる。
「それでいて接触は最小限にって言うんですから、微妙に可哀想ですよねぇ……あのかた」
「なんだおまえ。会いたいのかアレに」
「とんでもないですよぉ! だってそんなことになったら、もれなくあのきゃんきゃんうるさい女と顔つき合わせる羽目に……ぅわ。想像しただけで鳥肌立ちそう」
「おまえが、煩いと……言えるのか……?」
闇に紛れてアスタルを出立したリィンたちは街道を北に進む。
目指す地は、そう遠くない。
後日、アスタル。
元の日常を取り戻した、とある一軒の宿兼酒場に差出人不明の封筒が届く。
その辺のメモ用紙を適当に切ったような風体の手紙にはこう記されていた。
『拝啓。お世話になった方々へ。
事情によりなにも言わずに出立しましたが(朝になってのひと騒動の跡が目印になりました?)、その後いかがお過ごしでしょう。穏やかな日常が戻っていることを願います。
もしまた顔を出すときは客として滞在することにするので、嫌な顔をしないでくださいね。
追伸:同封したものは、貰いそびれたバイト代と一緒に迷惑慰謝料に充ててください。それなりの値がつくはずですので』
そんな短い手紙に、小さな透明の石のはめられた細い指輪が同封されていた。
半信半疑で換金屋に持ち込んだ主人が、ついた値段に目を剥いたのは――また別のお話。