時読み 5
「おかえりなさいませ、ルタ様」
閉じていた目を開ける。
着地点のポストとした女が、ひざまづいて頭を垂れている。
その様はなんとも不思議で――なぜ僕はこれを拾い傍に置こうなどと考えたのだったか……そんなことが頭をよぎった。答えが出るまでに数秒と要らなかった。
――ルディの真似ごとをする気になった。
それだけだ。
行動をなぞればルディの抱く思いに少しでも近づけるのではないのかと。
僕には決してわからないとルディに断言されたものが何なのか、知ることができるのではないのかと。ただそれだけの理由。
「お怪我などをされてはおりませんか? 騎士を気取る、あの無作法な獣たちが無体を働きは――」
「イェル」
肩が、びくりと跳ねた。それほどの感情を込めたつもりはないというのに。これでどうやって傍に仕えると誓えたものか。
「怪我などないよ。あっても、自分で治せる」
そんなこともわからないのか。
イェルフランジュと名を与え、力を与え、かりそめの人の姿を与えたのだってルディの真似ごとにすぎない。さも光栄と言わんばかりのまなざしが、煩わしい。
戦闘能力だけはルディの子飼い3匹を凌駕するというのに……この違いはなんなのか。
「申しわけ、ありません……出すぎたことを」
ひざまづいたまま畏縮する姿に、幻影が重なる。その幻影のビジョンが浮かんだ途端――全身に虫唾が走った。
やめろ。
思い出すな。
僕に、思い出させるな!
――あれは……っ、あれは、僕ではない!
「……ルタ、さま?」
煩わしい。
おまえが僕を気遣うと? それこそ出すぎた行いだと、知れ。
「…………僕の前から……消えて」
当分おまえは必要ない。そう告げるとイェルは全身から怯えを滲ませ、もう一度謝罪を口にしながら姿を消した。
「歪んだ理は壊した。あとは作るだけ、なのに」
ぽつりと口をついたのは、どれほど経った後だったのだろう。
しんと静まり返った部屋に立ちつくしていた自分に気づいたのは、そのとき。
「どんな世界にしたいのか、どんな世界を望んでいるのか……わからないんだ」
意識はどこまでも清明で、晴々しいほど冴えわたっているというのに。
視界が歪む。
少しずつ少しずつ、霧が濃度を増してゆく。大切だったはずの思いが、感情が、侵食されて漆黒に塗りつぶされてゆく。
僕はなんのために故郷を壊した?
ルディのために。ルディを消させないために。
なぜ? どうして消させたくなかった? そのために僕はなにを引きかえた?
自問の答えが出ることはない。あともう少しで辿りつけるのではないか――いつも、そんな場所で霧散する。
自分の行動の理由がわからない。
ルディのために。それだけは、僕の中に確かに存在する絶対。
それだけが僕を突き動かす。
それ以外が、わからない。
わからないのがなぜなのかは知っている。なぜ自分がこのような状態にあるのかは知っているのだ。知っている、はずなのに。
僕がなにかをする度に侵食が深まってゆく。そのなにかが何なのか、わからない。
「…………ははっ」
腹の底からこみ上げる衝動。抗いようもない。抗う意味を知らない。
――僕は、狂っているのだろうか。
それでもいい。構いはしない。
なにがわからないのかもわからなくなったとしても、ルディのために、その思いさえ残っていれば、僕は前に進める。
進んで、進んで、辿りついてみせる。
僕が僕を完全に見失う、その前に――