祖父を見取ったのは、私とアリエの孫二人だった。

息子である叔父上は視察のため足を運んでいた遠方の地から駆けつけるには間に合わず、娘である母は私と共に城へ入ったが、祖父の望んだものを手に入れるべく席を外していた。
だから、その話を聞いたのも私とアリエの二人だけ。

そうなるように図ったのだろう。私が祖父の病床にたどり着いた時点で人払いはされており、母が部屋を出て行ったすぐ後、祖父はぽつりぽつりと話を始めたのだから。

私たちに語られたのは、祖父がまだ王になる以前――王の二番目の息子だった頃の、贖罪。

それは確かに、主観も客観も「罪」といえる出来事だった。
しかし私は祖父を責める気にはなれなかった。
それが過去のことであり、今際の際の告白だった部分は大きい。
だが、それだけではなかった。祖父の贖罪が向かう者たちは、祖父よりもむしろ…私の方が多分に近しい存在だったからだと思うのだ。

無論、初めて耳にする話であり、件の人物に会ったことはない。意図的に存在を隠された故人であるのだから会いようもなかったわけだが……。

祖父は、どんな思いで父と母の婚姻を許したのだろう。
どんな思いで父と母、そして私を見ていたのだろう。きっと、苦しかったに違いない。

幸せを感じることが幸せにならない場合がある。
幸せを与えられることが苦痛にしかならない場合もある。

祖父はまさにそうだったのではないだろうか。幸せになることが罪だと考えていたのではないだろうか。

けれども、人はだれもが平等に、幸せになる権利があるはずだ。

例え祖父が贖罪を向ける相手が祖父の不幸を望んでも、私はそれ以上に祖父の幸せを望む。
その分くらいは許して差し上げてもらいたちと願うのは、生きているがゆえの傲慢だろうか。





母が持ち帰ったのは、城の庭園の一角にひっそりと花開いていた白い花。
見覚えがあると思えば、それは私の屋敷の庭園の大部分を占めている、ユエの花だった。

花は母によって、私が組み合わせた祖父の手の中におさめられた。
祖父はその花を忌避していたのだと母は明かした。
本当に、忌避していたのだろうか。もしそうであるなら、祖父は自分の居室から眺められる場所に花が存在することを許さなかったはずだ。

祖父は最期に望んだユエの花。
生前厳しさばかりを目立たせていたその奥に、普段は決して表に出さない慈しみを、優しさを備えていたことを、私は知っている。母も、きっとアリエも。その中には花を愛でる性質も隠されていた。それでいい。そういうことで、いいのだ。

つい苦笑してしまうくらいに似合わない可憐な花を、決して離すまいと堅く握った祖父の顔は、この上もない安らぎを得たようだった。

そう、信じたかった。






時間軸:本編開始数年前
祖父の贖罪に思いを馳せる、黒騎士侯爵次期当主。